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米大統領選ハリスの負けから知る、理想論モンスターにならない方法

今回のアメリカ大統領選、盛り上がってますね。そして蓋を開けてみたら意外な結果に終わり、ハリス氏が大きな敗北を喫しました。

今回の結果による政治的な影響も興味深いところですが、私として興味をもつのは、なぜ支持を得られなかったのか大衆の心理が気になります。

具体的な政策の問題もありましょうが、もっと単純なコミュニケーションミスが問題だったことが伺えます。端的に言えば、民衆が真に求めているのは「綺麗事」ではなかったということです。

※この記事には政治的意図はまったくありません。

正論だけでは根本的に足りないこと

今回の選挙をめぐって、主にハリス氏の分析が顕著になされています。

主張としては共通していて、トランプの勝利というより、ハリスおよびリベラルの敗北ということ。

LGBTQAの性的少数者の権利問題、女性権利、移民を迎え入れることなどはどれも素晴らしいことではあるものの、それが「綺麗事」としてしか多くの人は見なかった。それが本来支持する人からもそう見られてしまった。そのため勝つべき場所でも勝てなかった。その結果の大敗ということです。

多くの有権者が切に抱えていたのは先行きのまったく見えない「経済的不安」でした。物価の高騰や賃金の停滞、住宅費の上昇などで、毎日の生活が苦しいと感じる人が少なくありません。理想論だけでは、そんな彼らのお腹は膨れません。もっと具体的な経済対策や支援策であり、確実に変化する希望が必要でした。

そういう点でトランプは上手かった。内容や言動はともかく、単純明快に変化を訴え、経済不安を抱えた人に訴えることに成功しました。トランプ嫌いだったとしても、どちらが”現実的”に票を入れたいかという点で、トランプに傾いてしまったわけです。

根底にある不安を無視した提案は逆効果に

こういったことは政治に限らずよくあります。

生活がいっぱいいっぱいで、今日食べるご飯すらままならない状態の人に「挑戦していこう!」「大谷翔平のように世界で活躍できる」と言ったらどうでしょう?

「今必要なのは挑戦とかじゃなくて、今日の食事と寝床なんですけど!」「俺、大谷翔平じゃねえから!」

シンプルにうるさいですよね。せっかくの気遣いだったとしても、サイコパス野郎の戯言に聞こえてしまいます

マリー・アントワネットの「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」は綺麗事以前の言葉ですが、印象としてはこれに近いものがあるのでしょう(こちらはとのことですが)

ハリス氏が掲げていた政策も、もちろん正義や社会の理想を考えたものでしたが、経済的な苦しみにある人からすると、「その理想は自分と関係ない」と感じられたのかもしれません。

理想論は言う人自身を酔わす酒

これ理屈としてはすごいシンプルなので、気をつければいいじゃんということなのですが、怖いのは理想論を語っていると気持ちいい状態に陥りやすいことにあると思います。

エコーチェンバー現象やフィルターバブル現象といった同じ思想の賛同者だけで寄り合い、自分たちの主張を強化する傾向は反ワクチン派などの過激思想だけではないということです。

今回でいうとリベラルの人たちもこの罠にハマってしまったと言えます。リベラル中心層からは肯定されていたのですが、その外側の人たちの声は聞こえなくなってしまっていたのでしょう。

理想論を掲げて、周りの人が同調してくれているとき、得てして、その外を見失いがちです。これはSNSにかぎらず、リアルの場でもそうです。

内で盛り上がりすぎると、盛り上がっていない外側の人の気持ちを慮ることができなくなり、結果支持を得られない理想論モンスターになってしまいます。こんな人には共感もクソもありません。

分断し排除しようとする心に気づくには

とはいえ、「正論を語るべきではない」と言いたいわけではありません。そういう話ではありません。理想があるからこそ未来の指針が生まれます。

ハリス側を問題視しましたが、じゃあトランプがリベラル側を理解できていたかというと、そういう感じはないでしょう。人数差による選挙を制したということです。

問題はどの立場になろうとも、誰しも人を分断し排除する心があるということ。これがあらゆる物事の敗因になりかねないということです。気持ち良くなっているときにこの点は見失いがちです。

ですから私達は自分を褒めてくれる人だけを見るのではなく、批判する人にもよくよく耳を傾けないといけません

そこに多くの”票”が存在するかもしれないのですから。

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