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ガス輸出で「戦争経済」が回転     ロシアに経済制裁効かず       戦争は「月」「年」単位に長期化     ウクライナ戦争に関する私見9    2022年4月21日段階 

前回の投稿から約20日が過ぎた。本稿では、その間に起きた出来事と流れを概観してみようと思う。

2022年3月29日にイスタンブールで開かれたロシアとウクライナ代表による対面の第4回停戦協議で、両者が合意の道筋に乗ったかと私は思った。開戦後約1ヶ月を経て、ウクライナ戦争が終結する光明が差したかと思いきや、戦闘はかえって激化した。

ロシアは懸念された国債デフォルトに陥らなかった。ドイツ、イタリアなど欧州は天然ガスをロシアから買い続け、代金を払い続けている。つまり欧米日の経済制裁にもかかわらず、ロシア経済は回転を続けている。戦争に息切れする気配もなく、戦争を続けている。

ウクライナ戦争が「日」単位で終結するシナリオはほぼ絶望だ。「月」「年」単位での戦争を覚悟すべき時が来たように思う。

(巻頭写真 © Oleksii Synelnykov | Dreamstime.com )


●ウクライナを覆う「戦争の霧」
軍事や戦史の世界には「戦争の霧」(Fog of War)という言葉がある。

戦争もしくは戦争級のクライシスのときには、相互に矛盾するような大量の情報が政治・軍事指導者のところに流れ込み「何が本当なのか」がわからなくなる状態のことを指す。

 もともとは19世紀初頭のプロイセンの軍人であり軍事研究家でもあるクラウゼビッツが古典的著作「戦争論」('Vom Kriege')で使い始めた言葉だ。

人口に膾炙するようになったのは、ロバート・マクナマラの回顧インタビュー映画「フォッグ・オブ・ウォー」(2003年。エロール・モリス監督)が公開され、アカデミー賞(長編ドキュメンタリー部門)を受賞して以降だ。

映画「フォッグ・オブ・ウォー」画面より

 マクナマラ(1916〜2009年)は、1961年から68年まで国防長官に在任し、キューバ危機(1962年)やベトナム戦争の軍事政策決定者だった人物だ。もともとは統計経済学者であり、フォード社の経営陣の一人だった。ケネディやジョンソン大統領のそばで冷戦期の軍事政策を指揮した。第2次世界大戦中は、カーティス・ルメイ少将の下で日本の都市部への無差別爆撃を立案した一人でもある。

映画の中でマクナマラは、キューバ危機のさなかに、交渉相手であるソ連のフルシチョフ書記長から「(キューバから)我々は撤退する」「貴国が撤退しないなら攻撃する」とまったく相反する電文がほぼ同時に届いた、というエピソードを明かしている。そんな混乱の中、米ソが全面核戦争に至らなかったのは「ただ単に運が良かっただけ」と振り返っている。

●ウクライナ・ロシア軍死者は5.6〜14.8倍の開き
 ウクライナ戦争も、歴史の例に漏れず、そうした「戦争の霧」の中にある。

 例えば、戦争で一番重要な情報である交戦軍双方の死者の数が大きくばらついている。死者数がわからないと、それぞれの軍の損耗がわからない。どちらが有利でどちらが不利なのか、戦況がわからない。インターネットを回って、英米のメディアなどいろいろなソースをたどってみた。

A) ロシア軍死者
ロシア国防省 (2022年3月25日):1351人
ニューヨーク・タイムズ紙(2022年3月18日付):7000人以上。
ロシアの政権寄りのタブロイド紙「コムソモリスカヤ・プラウダ」ウエブ版(2022年3月20日):9861人→直後に記事削除
CNN(2022年3月24日。NATO高官二人の話として):7,000〜1万5000人
ゼレンスキー大統領のCNNとの会見(2022年4月15日):1万9000〜2万人

B)ウクライナ軍死者
ロシア国防省 (2022年3月25日):1万4000人
ゼレンスキー大統領のCNNとの会見(2022年4月15日):2500〜3000人

ご覧のように、ロシア・ウクライナ両軍の死者は、ロシア政府が発表するか、ウクライナ政府が発表するかによって、5.6〜14.8倍の開きがある。これでは信頼できる数字がどのへんなのかの見当もつかない。

千桁・万桁以下の端数がないのも不自然だ(ロシア軍の自軍死者数だけが例外)。つまり両国政府とも「およその推計である」「正確な数ではない」と言っているに等しい。

●戦争報道はノイズとバイアスの嵐
なぜこうなるのか。戦時の情報として、次のような特徴がある。現実の戦闘の現場から視聴者・読者に届くまでの間に、情報には次のように幾重もの「ノイズ」が重なる。

ア)戦闘時の情報のノイズ
①戦闘現場は破壊や殺傷、前線、軍そのものの移動のため混乱している。
②戦闘で行政・警察組織が破壊される。または機能停止する。平時なら死者をカウントする組織が機能しない。

イ)交戦当事国の政府集計のバイアス
③政府発表は「戦果」を自国に都合よく見せるため、自国軍の損耗は少な目に、相手軍のは多目にカウントし公表するバイアスがかかる。
④自軍の損害が多いときは政府は公開したがらない。少なめに言う。反対に相手国軍が多いときは多めに公表したがる。
⑤両政府から離れて、中立的に統計を取る機関が存在しない。
⑥あったとしても、正確な死者数をボディカウントすることは物理的に不可能である。
⑦よって「失われた兵員」を数えうるのは、双方の軍組織だけ。しかし最終的には脱走や行方不明者を死者と区別できない。正確な死者数は、軍自身も時間を経ないと確定できない。

ウ)マスコミのバイアス
⑧マスコミは交戦当事国それぞれの政府発表に依存する。独自にカウントする手段を持たない。①〜⑦のバイアスがそのままニュースに反映される。
⑨マスコミにもバイアスがある。最善でも両論併記。好意的な国の発表を流す。

①〜⑨のバイアスが重なる結果、視聴者・読者がマスメディア情報を受け取る段階では、情報は「雑音だらけ」になり、歪みに歪んでいる。

結局、東京でマスメディア(新聞、テレビ、インターネット)の情報を受け取っている私には、何が正確な数字なのかわからなくなる。

●損失と利益のバランスがわからない
戦争に限らず、政策の成功と失敗は「得たもの」と「失ったもの」のバランスで査定できる。これは経営においてProfit(利益)とLoss(損益)のバランス=PLバランス(損益対照書)でその成果が測れるのと同じである。

「ウクライナに侵攻したロシア軍にはどれぐらいの損害が出ているのか」は、その「Loss」(損害)の指標として極めて重要だ。つまりプーチン大統領の決定の成功・失敗を測る指標なのである。

仮に、ロシア軍の死者に中間的な数字を採用して「ニューヨーク・タイムズ」のいう「7000人」とする。一般に、戦闘で死者が一人出ている場合、ほかに2人が負傷していると考えるのが軍事常識だ。

死者7000人なら、けが人1万4000人である。合計2万1000人が死傷したことになる。ウクライナ侵攻に投入されたロシア軍は15〜19万人だから、11〜14%が死傷した。つまり10人に1人以上が兵士として「損耗」したことになる。

●損耗率30%で「全滅」

一般に、兵士の損耗率によって

損耗率30%:その部隊は戦力として数えることができなくなる。軍事用語では「全滅」という。兵士を補充するか、より小さい単位で部隊運用できるよう再編成しなくてはならない。
損耗率50%:再編成も不可能になる。= 「壊滅」という。
損耗率100%:戦闘能力のある兵士も、将官・士官も存在しない状態=「殲滅」という。

軍事作戦開始1ヶ月で損耗率11〜14%はかなり大きな数字である。補充・再編をしなければ3ヶ月で「全滅」である。2022年4月8日にはロシアのペスコフ大統領報道官がイギリスのテレビとのインタビューで「我々の軍には多大な損失が出ており、大きな悲劇だ」と話している。

一方のウクライナ軍。正規軍だけで約21万人(2022年1月現在)の兵員がいる。他に民兵組織「領土防衛隊」13万人が2022年1月に発足した。辛めの数字として、正規軍だけに絞って、ロシア政府のいう14000人が死んだとすると損耗率は約6.7%である。

兵士の死者率 ロシア軍:ウクライナ軍=11〜14:6.7。

開戦後1ヶ月の緒戦では、ロシアよりウクライナの方が死者率が低いという計算になる。

●「フェイズ2」「フェイズ3」はまだこれから
しかし、それはあくまで「緒戦」つまり戦争の「Phase1=フェイズ1」の段階においての結果にしか過ぎない。

後述するように、2022年内に経済制裁でロシア経済が息切れする可能性は減っている。

ロシア軍はまだ本格的な空軍攻撃をしていない。東南部を制圧したあと停戦するのか、それとも続行するのか。首都キエフへの攻撃を再開するのか。

10月後半になると、キエフ周辺は雪が降り始め、11月には雪景色になる。軍事的には、包囲する側に有利なのは冬季だ。燃料が尽きると防御側は凍死の危険があるからだ。キエフを目指す戦闘が再開したら、冬に持ち越す可能性が高い。

つまり、ロシア軍の「フェイズ2」「フェイズ3」がまだ後に控えていると想定したほうが賢明である。

●ウクライナ全土の制圧は始めから物理的に不可能
ロシア軍の定員はロシア全土で約31.5万人であり、定員に対する充足率が90%(欠員があるから)と仮定すると約28万人の兵力がある。

ウクライナに投入されたのはそのうちの15〜19万人だ。全軍の53〜68%を投入したことになる。

つまり半分以上の兵力を割いている。シベリアや中国国境をがら空きにするわけにはいかないから「これで精一杯」の数字だろう。

ここで、イラク戦争とウクライナ戦争の兵員密度を比較してみる。

2003年のイラク戦争に投入された多国籍軍(米英豪・ポーランド)の兵力は、26.3万人。イラクの面積は43万8300平方キロなので、1平方キロあたり0.6人である。
イラク戦争:1平方キロあたり兵員0.6人

ウクライナの面積は60万3500平方キロ。ロシア軍の兵力は15〜19万人。1平方キロあたり0.24〜0.31人しか投入していない。
ウクライナ戦争:1平方キロあたり兵員0.24〜0.31人

つまり、ウクライナ戦争に投入された兵員は、イラク戦争の半分以下に「手薄」である。

イラク戦争では、8年かかってイラク全土の制圧はできなかった。その半分以下のロシア軍では、ウクライナ全土の制圧は物理的に無理だろう。つまりロシアにとってはウクライナ全土の制圧は「やりたくても、最初から物理的に不可能」ということになる。

すると、ロシア軍の狙いは最初から「ウクライナ全土」ではなく「一部だけ制圧」または「部分ごとに段階的に制圧」という結論になる。それではどの「部分」が狙いなのか。


●東部2州とクリミア半島、そして2つを結ぶ廻廊
ワシントンDCにあるシンクタンク「Institute of War Studies」のロシア軍の展開図を見てみよう(2022年4月19日時点)。4点の特徴に気づく。

RUSSIAN OFFENSIVE CAMPAIGN ASSESSMENT, APRIL 19, Institute of Study of War.

①ウクライナを東西に分けるドニエプル川の西側には、ロシア軍は(首都キエフ周辺→撤退を除いて)ほとんど展開していない。

②ウクライナ東端、ロシアとの国境沿いのドンバス2州「ルハーンシク」「ドネツク」に重点がある。
ここはロシア系住民の多い地域。ウクライナからの分離とロシアへの帰属を求める運動が盛ん。ロシアは侵攻直前に独立国として承認した。

下図は2001年のウクライナ国勢調査によるロシア語話者の割合。東部〜東南部にロシア語住民が集中している。

Wikimedia Commons.


「ドネツク」「ルハーンシク」2州を合せても、九州・四国を合せたのと同じぐらいの面積(5万3201平方キロ)だ。そこに埼玉県と同規模の人口(703万1900人)が住む。ウクライナ全土の人口(4000万人)の約2割である。

③クリミア半島に重点がある。
クリミアは、ロシアにとって全国で3ヶ所しかない外洋への出口のひとつだ(ほかはバルト海のカリーニングラードと日本海のウラジオストック)。軍港セバストポリはロシア海軍・黒海艦隊の基地である。ロシアにとって戦略的な重要性が高い。

④アゾフ海北岸に重点がある。
②「ドネツク」「ルハーンシク」2州と③クリミア半島、ふたつの重点地域を結ぶ「廻廊」として機能する。

激戦になった都市マリウポリは①と②を結ぶアゾフ海の港湾都市である。「廻廊」が完成すると①の分離独立2州の港湾(貿易・軍事物資輸送両面)として機能する。2州は石炭の産出地であり、鉄鋼など重工業の要衝でもある。

●ロシア軍の今後の作戦シナリオ
ここで、ロシア軍の今後の展開について予想されるシナリオを列挙してみる。

(シナリオA)②③④を占領した時点でロシア軍はストップ。
「クリミア半島の確保」「ロシア系住民の保護」という戦争の大義名分は立つ。これはロシアにとって、2014年からロシアとウクライナの間で続いていた紛争「クリミア半島危機」で未達成だった部分を完成させる意味もある。

ロシアは2州を主権国家として承認しているので、ウクライナ東部に関してはロシアとウクライナ国境にバッファーゾーンをつくることに成功したことになる。万一ウクライナがNATO加盟など敵対陣営(とロシアが考える)と同盟に転じても、一部緩衝地帯を作って引き離しに成功する。

(シナリオB)
しかし、プーチン大統領が開戦当初に掲げた政治的ゴールは「ウクライナの中立化・非武装化」である(3月4日、マクロン・フランス大統領との電話会談)。ここでロシア側がいう「中立化」はNATO加盟などロシアに敵対的(とロシアが考える)陣営との同盟を組まないということだ。

シナリオAを達成した段階で、ウクライナ政府が親欧米政策を転換するなら、同時にBも達成できる。しかし、その可能性は薄いだろう。キエフを含め、ウクライナ西半分はほとんどロシア軍が来ていないからだ。

2022年3月29日にトルコ・イスタンブールで開かれた4回目の停戦交渉では、ウクライナ側がロシアの「中立化」の要求を受け入れるという報道が流れた。

ホスト国・トルコのエルドアン大統領は「交渉中の6項目のうち、4項目で両国の折り合いがついたようだ」と話した。この中には、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟せず、ロシア語を公用語として受け入れることなどが含まれていた。ロシア側は条約の文書作成に取り掛かるとまで表明した。

それぞれの国が発表した内容は次の通りだ。

【ロシア】
 *ウクライナの軍事的中立化に関する進展があり、ロシア軍は首都キエフと北部チェルニヒウへの攻撃を「劇的に減らす」
 *ウクライナの中立化と安全の保証について両国が合意した場合、文書の調印式と首脳会談を行う可能性もある
 【ウクライナ】
 *ウクライナの安全を確約する新たな国際条約の締結を提案
 *クリミア半島について、15年間の期限を定めてロシアと協議する。協議中は両国とも武力行使を行わないと定める
 *親ロシア派が占拠する東部地域については、ゼレンスキー大統領とプーチン大統領の協議の中で検討する

2022年3月30日朝日新聞。


しかし、その後交渉は途絶えた。むしろ戦闘は激化した。もし中立化をウクライナが正式に受け入れていたなら、その時点で停戦になっていた可能性があった。しかし、そうはならなかった。約2週間後の同年4月15日段階で、IWSは次のように分析している。

「停戦交渉は崩壊した。ロシア・ウクライナ両政府とも、むこう数週間は真剣な交渉のためのいかなる議題にも準備をしていない。ネットでの交渉は続いているが、進展はない。ロシアの東部での攻勢の結果がどうなるかを両政府とも眺めつつ、交渉でのポジションを探っている」

Ceasefire negotiations have effectively collapsed. Both Russian and Ukrainian officials are unprepared to engage in serious negotiations in the coming weeks in any format. Virtual negotiations are continuing without progress. Kyiv and Moscow are both likely counting on the outcome of Russia’s offensive in eastern Ukraine to recalibrate their negotiating positions. 

"Press IWS" Ukraine Invasion Update 23
April 15, 2022.


3月29日の停戦交渉の内容をキエフに持ち帰ったあと、ウクライナ側は政府内部の対ロシア強硬派を説得することができなかったと見られる。

また、ウクライナ憲法は「NATO加盟」と「クリミア半島は自国領土」を規定しているため、ロシアの要求に応じるなら、憲法改正の国民投票をしなければならない。ウクライナ政府の一存では決められない。ウクライナ側が「クリミア半島の帰属は15年かけて協議する」とロシア側に提案したことにはこうした背景がある。

●アフガニスタン戦争では停戦協議から停戦まで9年
停戦協議が始まったからといって、すぐに戦争が終結するとは限らない。長い時間がかかる。むしろ、より有利な条件での停戦を狙って、さらに戦闘が激化することも多い。

例えば、アフガニスタンでアメリカとタリバーンの停戦協議が始まったのは、開戦10年を経た2011年7月18日(カタールで)だ。実際に米軍がアフガニスタンから撤退するには、それからさらに9年かかった。


ウクライナのNATOやクリミア半島に関する政策を翻させるには、首都キエフのウクライナ政府が政策を転換しなければならない。

その可能性は3つある。

(あ)ゼレンスキー政権が方針を転換する。=東南部だけが占領されている時点では、ウクライナ政府が受け入れる可能性は薄い。
(い)ゼレンスキー政権がウクライナ国民の支持を失い倒れる=侵攻してきたロシアからの攻撃と抵抗で国民が団結している時に(ゼレンスキー政権がよほどの失敗をしない限り)可能性は低い。
(う)政権がロシア軍に強制的に排除される。キエフを脱出しウクライナ西部に首都を移す。あるいは亡命し国外に亡命政権をつくる。

問題は(う)だ。この実現のためには(シナリオC)「首都キエフへの攻撃を再開」が実行される可能性が高い。

●キエフ攻撃再開のシナリオ
3月29日のイスタンブール停戦交渉のあと、ロシア側はキエフ周辺に迫っていた軍を撤退させた。マスメディアには「ロシア軍が撤退・戦況はウクライナに有利」と楽観的な観測が流れた。

しかしこれは早計に過ぎる判断だろう。

ロシア軍は4月20日現在、前述のとおり東南部の制圧に軍を集中させている。現在はここだけで兵員が手一杯だと考えられる。

しかし、前述の東南部(②クリミア半島③ドンバス2州④両者を結ぶ廻廊)3重点の制圧を終えた後で、ロシア軍がウクライナ西部に部隊を転戦させる可能性が残っている。

これは危険なシナリオである。キエフには約280万人の人口がいる。チェチェン戦争で首都グロズヌイの市街戦が行われたとき、人口27万人の同市で「数千人」の非戦闘員が巻き添えになって死んだ。キエフに単純換算すると「数万人」の死者が出ることになる。

さらに、もしロシア軍が転戦するなら、消耗した兵員や弾薬、食料の補充を行ってから進軍する可能性が高い。戦闘能力が回復している。

また後述するように、今回は空軍の支援の元に地上軍が進軍するだろう。

「東部2州」「クリミア半島」「アゾフ海北岸」の制圧が「フェイズ1」なら、首都キエフの政権を攻撃するのが「フェイズ2」だと私は予想している(1→2の間にウクライナの反撃拠点になりそうな都市をロシア軍が攻撃する可能性は留保する)。

もしキエフを制圧するなら、軍事オプションとして以下の3つが考えうる。

(a)包囲して補給路を絶ち、兵糧攻めにする。
(b)地上軍を投入して市街戦・掃討戦を行う。
(c)空爆する。

 それぞれのシナリオを検討してみよう。

●第一次キエフ包囲は失敗
2022年3月末までの段階では、ロシア軍はキエフを包囲しようとしたが、封鎖を完成できなかった。

2022年3月15日に、ポーランド、チェコ、スロベニア3国の首相が揃ってロシア軍砲撃下のキエフを訪問し、ゼレンスキー大統領と会見した。

ポーランドから鉄道でキエフに入った(ワルシャワからキエフまでは鉄道で約8時間)と報道されている。この訪問で、ロシア軍のキエフ包囲が「外国首脳が安全に往来できるぐらいユルユル」と世界に示されてしまった。

東南部に戦力を割いている間は、ロシア軍はキエフを完全に包囲することは無理だということだ。再度キエフを包囲するにしても「東南部が片付いてから」になる。

よしんば包囲が完成し、食糧や弾薬、医薬品の補給を遮断したとしても、中に立てこもる軍や市民が飢餓で抵抗できなくなるには半年前後かかる。

そのあと地上軍を投入しても、都市部は隠れる場所が多い。キエフには旧ソ連時代に西側との戦争に備えて作られた地下シェルターが多数ある。制圧後もマンションや商店、工場、地下シェルターなどをしらみ潰しに捜索して、残った敵を排除する「掃討戦」をやらなくてはならない。ロシア軍にも大きな犠牲が出る。

第二次世界大戦の独ソ戦で最大の激戦になった市街戦であるスターリングラード(現在のヴォルゴグラード)攻防戦は約8ヶ月続き、ナチスドイツなど枢軸国軍は104万人のうち約72万8000人が死亡・戦傷・捕虜になった。ソ連側は170万人のうち112万9700人である。当時のスターリングラードの人口44万人のうち4万人の非戦闘員が犠牲になった。

フェイズ1ですでに損耗率の高いロシア軍にとって、キエフ市街戦は「できればやりたくないシナリオ」だろう。

●キエフ空爆の脅しだけでも効果
現在でも兵員は精一杯、損耗率も高いロシア軍にとって、現実的なシナリオとして残るのは(c)の空爆になる。あるいは「キエフを空爆する」と脅すだけでも効果はあるだろう。

2022年4月13日、ロシア国防省のコナシェンコフ報道官は「ウクライナ軍からロシア領内への攻撃が止まらない場合、控えていた首都キーウなどへの攻撃をする」という声明を出した。

これは「キエフへの攻撃が依然軍事オプションとして残っている」とロシア側が告げたシグナリングと理解すべきだろう。

●なぜロシア軍は空爆をしなかったのか不可解
今回のウクライナ侵攻で、ロシア軍の作戦行動で不可解な点は、2022年2月24日に地上軍が侵攻を開始する前に空爆をしなかった点だ。

軍事の基本セオリーとして、地上軍を侵攻させる前に空爆を敵国に加えるのが通常だ。

敵国の「占領」には、地上軍が入って領土を物理的に制圧しなければならない。その進軍を容易にし、領土の占領を迅速にすすめるためである。1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争などはこのセオリーに従って最初に空爆してから地上軍が侵攻した。

相手国の軍事力(兵力、基地、空港、兵器・武器貯蔵庫など)を破壊することのほか、防空網(レーダーや対空火器)や輸送・通信網(空港、鉄道、幹線道路、電話局、発電所など)を破壊しておく。相手国の戦意を削ぐ効果もある。チェチェン戦争でのグロズヌイ攻略や、シリア内戦でのアレッポ攻略戦でも、ロシア軍は猛烈な空爆を加えている。

都市部に侵攻する前には、敵軍が隠れそうな場所は空爆で潰しておく。そうなると、軍事施設だけでなく、民間の住宅や商店も攻撃・破壊される。非戦闘員が残っていれば巻き添えで殺傷されるだろう。

地上軍の侵攻の前、ウクライナとの国境付近のロシア空軍基地には、対地上攻撃能力のある戦闘機が集結していたことを、ロシア軍事の研究者である小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター専任講師が衛星写真を根拠に指摘している(2022年3月9日、日本記者クラブでの講演)。

●航空兵力では10〜20倍の開き
もともと、航空兵力でいえばロシア軍とウクライナ軍の戦力には10〜20倍の開きがあった。

飛行機
ロシア:1391機 ウクライナ:132機
ヘリコプター
ロシア:948機 ウクライナ:55機

せっかくの空軍力が使われないままになった。その後ロシア軍は、ウクライナ上空の制空権も確保できないままである。緒戦でのロシア軍の損耗率が高い原因のひとつでもあるだろう。

裏返していうと、ロシア軍にはまだ「空爆」という軍事オプションが使われないまま残っている。空軍の主力は温存されているということだ。

東南部を制圧した後「キエフを爆撃する」と恫喝するだけでも、ウクライナ政府には大きな圧力がかかることになる。都市の非戦闘員住民を人質に取られるようなものだ。

実際に空爆が始まったら、犠牲者は万単位で出るだろう。チェチェン戦争でのグロズヌイや、シリア内戦でのアレッポの空爆を振り返れば、ロシア軍は非戦闘員の殺傷をためらわない。

チェチェン戦争を現地で16回取材したフリーランス記者・林克明氏の言葉を借りると「ピンポイントではなく、そこにあるものを面ですべて破壊する。ロシア系住民の殺傷も意に介さない」である。

●ウクライナは緒戦で屈服するとロシアは誤算?
 開戦段階でなぜ空爆をしなかったのか、その理由は謎である。

ひとつの推論は「地上軍(戦車)を首都キエフに近づける(あるいは包囲する)だけで、ウクライナ政府は屈伏する」とロシアが考えたことだ。

これはソ連時代の1956年のハンガリー動乱の鎮圧(ソ連軍3万1550人、戦車1130台投入)や1968年のチェコ事件(プラハの春。ソ連率いるワルシャワ条約機構軍が侵攻。ソ連軍は1989年まで当時のチェコスロバキアに進駐)の前例がある。どちらも地上軍を送り込み、数日間で衛星国の「反ソ連的な改革」を転覆した。

誠に都合のよい現実解釈に聞こえるが、戦争を始める為政者は案外そんな誤った思考に陥るものだ。

2003年のイラク戦争では、ブッシュ・ジュニア米大統領は「イラクに大量破壊兵器がある」「フセイン政権を倒せば、アメリカ軍は解放者としてイラク国民に歓迎される」と本気で信じ込んでいた。

これはチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官ら当時の側近が、CIAやNSAなどの情報機関に、自分たちの見立てに合う(『イラクには大量破壊兵器がある』)情報を上げるように要求したからだ。その結果、大統領と側近には「都合のいい情報」ばかりが集まるようになった。こうした現象を"Politicalizartion of Intelligence"(政府情報の政治利用)と呼ぶ。

●短期でウクライナ戦争終結を予想した?
プーチン大統領も同じ過ちを犯したように見える。

2022年4月15日、ロシアの情報機関であるFSB(連邦保安局=ソ連時代のKGB)から職員150人が「不確かな情報を提供した」と解雇された。

プーチン大統領は政治家になる前はKGB職員であり、1998年にはエリツィン政権でFSB長官になった。政界に基盤を持たなかったプーチン氏にとってFSBの人脈は現在も権力基盤である。

この職員追放の背景について、KGB〜FSB職員だったミハイル・トレパシキン氏はテレビ朝日の取材にこう話している。

「KGBを継いだFSBは、今でもロシア社会に大きな影響力を持っています。プーチンはそれをすべて知った上でFSBを自分の配下に置き、友人たちとともに自分の個人的な目的のために利用しているのです」

「不確かな情報を提供したことで(FSBの職員が)追放されたというのは本当です。彼は自分にとって心地よい情報が好きなのです。そのため(FSBは)彼をいら立たせないような情報を提供していたのです」

「90年代後半からそのようなこと(虚偽報告)が始まったと思います。当時FSBには多くの別の組織から職員が入ってくるようになりました。つまりFSBの組織の中で下から出世したのではない人たちです。プーチンは自分に近い人間を配置し、国のためにきちんと働く職員は出ていきました。」

「わたしは、組織ぐるみの不正と隠蔽、偽情報などについてエリツィン大統領(注:プーチン氏は1998〜99年エリツィン大統領政権でFSB長官。99年首相→大統領代行)に手紙を書きました。しかし適切な措置は講じられませんでした。残念ながら残ったのは、不確かな情報を提供したり、状況を誇張したりする職員でした。そして、それが現在にも影響を与えています」

テレビ朝日

キエフはベラルーシ国境から約80キロ、ロシア国境からでも200キロしか離れていない。平時なら一日で到達できる。

侵攻開始前、ロシア陸軍はロシア側で大規模な演習をしていた。この段階ですでに、ウクライナに対する「NATO加盟を諦めなさい」というシグナリング=無言の意思表示だったと考える。

しかしウクライナ側は逆に2022年2月5日、チェルノブイリ原発周辺での軍事演習(国境から10キロ前後しか離れていない)で「お断りします」というシグナリングを返した。

その19日後に演習中のロシア軍が国境を越えた。「演習」から「侵攻」へとロシアの軍事エスカレーションが起きた。

●ハンガリー動乱は18日で制圧
 過去の例でいうと、軍事侵攻後ハンガリー動乱は18日、チェコ事件は6日で「反ソ連」改革が潰されている。2008年のグルジアへのロシア軍侵攻は4日で戦闘が終わった。

過去のこうした例から「短期屈服」のシナリオをプーチン政権が想定していたとしても不自然ではない。

しかし、北部から侵攻したのはもともと演習中の軍だから、補給のない敵地で長期間行動するための弾薬や食糧の蓄えを持参していない。

事前の空爆がないから、進軍の障害物(住宅や森林など)の除去がない。戦車や兵員輸送車は既存の道路をそのまま進むしかない。

となると、ウクライナ側に進軍ルートが事前にわかる。その道路に軍用車両が殺到し、渋滞する。燃料が切れる。進軍が止まる。

そこをウクライナ軍に狙い撃ちされた。ロシア軍のキエフに至る戦闘が散々な結果に終わったのは、そう考えると合理的な説明ができる。

ウクライナにとっての希望のシナリオは
(D)ロシア経済が欧米日の経済制裁で息切れする。戦争を継続できなくなる
である。

●ロシア国債はデフォルト宣言せず
しかし「息切れ」は予想よりはるかに時間がかかることが見えてきた。

2022年4月4日、ロシアの10年もの国際が償還(返済)期限を迎えた。イスタンブールでの停戦協議の6日後である。

「ここでロシアは国債のデフォルト(債務不履行=借りたお金の元本や利子の返済を約束した条件どおりに払えなくなること)を宣言するのではないか」と世界が固唾を呑んで見守った。デフォルトが起きれば、世界の金融市場が大混乱に陥る。そのダメージに耐えきれず、経済制裁から脱落する国が出るかと思われた。

しかし、ロシア政府は20億ドル分の返済を無事に終えた。米欧日の経済制裁でロシアの外貨準備の半分が凍結されたにもかかわらず、ロシアは借金を返しているということだ。

第一生命経済研究所ウエブサイトより

この4月4日の支払いは、2022年で最も金額が大きかった。ロシアはこれを乗り切った。

第一生命経済研究所の田中理・経済調査部 主席エコノミストは「年内はデフォルトのリスクが遠のいた」と分析している。

年内に返済期限を迎える外貨建てロシア国債の残額は約18億5000万ドル、ルーブル建てでの支払いが認められない国債に限れば約15億5000万ドル。ロシアが引き続きドル資金不足にある点は変わりがないが、当面のデフォルト・リスクは遠退く。

第一生命経済研究所ウエブサイトより

●ロシア国営鉄道はデフォルト宣告される
ところが1週間後の4月11日、「国際スワップデリバティブ協会」(ISDA)は「国営ロシア鉄道」が「3月分の利払いをしなかった」ことを理由に「債務不履行=デフォルト」になったと公表した。

SDAは国債・公債・社債を多数扱うデリバティブ取引の国際業界団体である。業界団体にデフォルト=「借金返済不能」認定されると、カネを貸そうという人はなくなる。債券の国際市場での取引は止まる。つまりロシア鉄道は国際金融市場に「死亡宣告」されたことになる。

西側には、こうした「死亡宣告」をするというオプションがあることが見えた。つまりロシアがデフォルトを認めなくても、その経済に死亡宣言をする手段は西側にもあるということだ。

より返済金額は小さいが、5月・6月にも外貨建のロシア国債の利払い期限が来る。そのたびに、こうした「借金なら払えます」「いや、デフォルトじゃないか」というロシアと欧米日の心理戦が繰り広げられるだろう。

とはいえ、ロシア経済が本当に破綻してしまうと、世界経済も一緒に引きずり込まれる。今やロシアは交戦当事国として経済制裁の対象なのだから、1998年のロシア通貨危機時のように、IMFが融資して助けるわけにもいかない。つまり救済措置がない。底なし沼である。これは欧米日にとっても起きてほしくないシナリオだ。

●7・8月は返済期限なし→軍事作戦?
5・6月の利払いを済ませると、7・8月にはロシア国債の返済期限は来ない。年内は9月まで大きな借金返済が来ない。欧米日から心理戦を仕掛けられる可能性がない。この「後顧の憂い」がない7・8月は、ちょうど夏である。雪や悪天候で進軍が妨害されることもない。ロシアが大きな軍事攻勢に出る、という暗いシナリオを私は考えざるをえない。

●ロシアは貯金大国
ロシアにはどれぐらい「貯金」があるのか。実はロシア政府は、経済規模に比べて貯蓄(外貨準備)が大きい国として知らている。下の野村総合研究所2022年3月1日付記事から計算すると、ロシアは経済制裁後もまだ2961億ドル分の外貨準備を持っている。

ロシア中銀はGDPの4割にも相当する約6,300億ドル(2021年末)の外貨準備を持っている。これは、世界で5番目の規模である。ロシアはその経済規模では世界の11番目であるが、経済規模に比べて外貨準備が大きい。 クリミアを併合した2014年から、資源輸出などで稼いだ外貨を積み上げ、ロシアは外貨準備を1.6倍にも増やしたのである。SWIFT制裁など先進国から金融制裁を受けることなどを当時から予見していたのではないか。

ところが、主要国の中銀によって外貨準備を凍結されることは、予想していなかったのかもしれない。2021年6月時点で、ロシアの外貨準備の内訳をみると、ユーロが32.3%、ドルが16.4%、英ポンドが6.5%である。円は2%程度と推測される。それ以外は、金の21.7%、中国人民元の13.1%などである。先進国で外貨準備を凍結されたことで、全体の57%程度の外貨準備を、ロシアは一気に失ったことになる(野村総合研究所・木内 登英エグゼクティブ・エコノミスト)。

野村総合研究所2022年3月1日ウエブ版
「ロシアの外貨準備半減と深まる金融面での危機」

●欧州はロシア産天然ガス依存
一方、ロシアの大きな「外国への売り物」である天然ガスの輸出は依然続いている。その主な輸出先は次の通りだ(パイプラインガス)。

石油天然ガス・金属鉱物資源機構「石油天然ガス資源情報」2021年9月26日

3月23日に「非友好国(ウクライナ戦争でロシアに経済制裁を貸した国)は代金をルーブル(ロシア通貨)で払うように。そうしないとガスの供給を停止する」と脅した。「貴国らに経済制裁でドル資産を凍結されておりますので、ガス代金はわが国の通貨であるルーブルでお支払いください」。そんな経済制裁への対抗措置である。

これに対してG7のエネルギー担当相は3月28日の緊急会合で「ルーブルでの支払いには応じない」とやり返した。

一見、決裂しているように見えるのだが、実務的には「ガス輸入国は代金をロシアの銀行にドルで払う」→「ロシアの銀行がルーブルに換金する」→「ガス会社にルーブルで代金を払う」ことで両方の条件が満たされる。つまり現実的には「ロシアにはルーブルでガス代金が入る」→「欧州にガス供給は途絶えない」ことになる。

たいへん奇妙なことに「戦争・経済制裁」という緊張下にもかかわらず「ロシアは戦争継続のためのお金がほしい」「欧州はガス供給がほしい」という点で両者は利害が一致しているのである。

下の図でわかるように、ロシアからのガスパイプラインは、東欧だけでなく、ドイツ、イタリア、フランス、スペインなど欧州全域に血管のようなネットワークを築いている。

Eurogas Statistical Report 2015.


●ロシアは経済制裁下でも経済が回転
まとめてみよう。ガスとロシア国債の関係を雑駁に言うと、こうなる。

「ロシアには欧州向けガスで収入が入る」→「そのお金で借金を返す」→「デフォルトは回避」→「ロシア経済崩壊は回避」

つまり、ウクライナ戦争・経済制裁下でもロシア経済は「収入と支出が循環する構造」を作りつつある。

 欧州は消費するガスの約40%をロシアに依存している(日本は約8%)。その欧州大陸へのガス供給の約3分の1は、ロシアからウクライナ経由のパイプラインで輸送されている。開戦後、ロシア軍はガスの加圧ステーションを占拠した。戦争をしている間も、このウクライナ経由のガス輸送は途絶えていない(2014年のクリミア危機以降、ウクライナは公式にはロシアからガスを買っていないことになっている)。

●ロシアが欧州へのガスを止める日
つまりロシアが止めようと思えば欧州向けガスは止めることができる。ガス供給が途絶えれば、欧州は火力発電も止まり、電力供給も危機という最悪の事態を迎える。

これはロシアが追い詰められた時の「ワイルドカードシナリオ」として可能性を消すことはできない。ドイツ経済・気候保護省は3月30日「ガスに関する緊急計画」のレベル1「早期警戒」を初めて発令した。

つまり欧州のロシアへの経済制裁は「ガス供給」という人質を最初から握られた中で行われている。「ロシア経済が破綻するのが先か、ガス供給を止められるのが先か」。欧州とロシアは依然このチキンゲームの最中である。

心理的にはロシアが有利なように思われる。「エネルギー資源という戦略物資の供給を握っている」イコール「ロシアが欧州の『首根っこを押さえている』状態」である。

ロシアへのガス依存が低いか、ほとんどないイギリスとアメリカだけがロシアに敵対的で勇ましい発言を続けている。

本当はおかしな話だ。

実も蓋もなく言ってしまえば「欧州がロシアのガスを買い続けているおかげで、ロシア経済は回転し、ウクライナ戦争の戦費を払える」という構図になるからだ。「ウクライナ戦争の戦費を欧州がロシアに供給している」と表現するのは言い過ぎだろうか。

とはいえ、欧州がロシアのガス依存をやめて、他国に供給先を探すとしても、安定するには数年かかるだろう。短期間には変わらない。

●ウクライナ戦争に短期終結はもはやない
ウクライナ戦争に話を戻そう。

国債償還のスケジュールやロシアの外貨準備から考えて「ロシア経済が息切れして戦争を継続できず停戦」のシナリオは、少なくとも年内は可能性がほとんどない(よほどのアクシデントを除く)。

少なくとも「ハンガリー動乱やグルジア戦争のような日単位で短期終結」のシナリオはほぼ消えたと見てよい。

つまり、ウクライナ戦争は、終結までのスパンを「日」ではなく「月」または「年」の単位で想定すべき段階に入っている。

(2022年4月21日記す)

<注1>今回も戦争という緊急事態であることと、公共性が高い内容なので、無料で公開することにした。しかし、私はフリー記者であり、サラリーマンではない。記事をお金に変えて生活費と取材経費を賄っている。記事を無料で公開することはそうした「収入」をリスクにさらしての冒険である。もし読了後お金を払う価値があると思われたら、noteのサポート機能または

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<注2>今回もこれまでと同様に「だからといって、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を正当化する理由にはまったくならないが」という前提で書いた。こんなことは特記するのもバカバカしいほど当たり前のことなのだが、現実にそういうバカな誤解がTwitter上に出てきたので、封じるために断っておく。

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烏賀陽(うがや)弘道/Hiro Ugaya
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