キエフ市街戦の犠牲者は数万人? 回避にはゼレンスキー撤退しかない 欧米は亡命を計画 ウクライナ戦争・私見メモ3 2022年3月9日現在
巻頭写真: "Motherland" is a monumental sculpture in Kiev on the right bank of the Dnieper. Located on the territory of the Museum of the History of Ukraine in World War II. Photo: Aleksandr Mokshyn, October 18, 2021
●ロシア軍に銃撃された英取材チーム
ウクライナ戦争の取材中だった"Sky News"「スカイニュース」(本社・ロンドン。1989年設立。テレビ・ラジオ・ネット報道機関)の取材チームの乗った車が、2022年3月7日月曜日、首都キエフ近郊で、ロシア軍に銃撃されたという記事が出ていたので興味を持った。動画を見れば、ロシア軍の攻撃のやり方がわかると思ったからだ。
同社のチーム5人は自動車に乗って、キエフ中心部から北西30キロの町・ブカに取材に行こうとした。ロシア軍が直近まで進軍している場所である。運転しているのはイギリス人プロデューサーで、現地人ではない。
途中、ウクライナ軍・警察の検問があり「ここから先は危険」と忠告されて引き返すことにした。西から迂回してキエフ中心部に戻る途中、高速道路の上で銃撃が始まった。
下のスカイニュースのリンクから動画を見てほしい。
まず28秒目あたりで、一発目の銃弾が飛んで来てタイヤに当たる。タイヤが炸裂する「ボン」という音が聞こえる。
ところが、クルーは「いまの銃弾?」「ちがうよ。タイヤの下で何かが弾けたんだ」とかのんびり会話したまま、車をそのまま走らせる。
すると、最初の銃弾からちょうど10秒後の38秒目から自動小銃の一斉射撃が始まる。フロントグラスやハンドル、ドアに銃弾があたり、火花が散る。
「なんだ!?」「うわあ!」「やめろ!」とクルーは悲鳴を上げ「ジャーナリストだ!」と相手に叫ぶが(撃ってきた相手は動画では見えない)2分20秒目あたりまで銃撃は止まらない。チーフのスチュアート・ラムゼイ記者が背中下部に銃弾が当たってけがをした。
同業の記者としては誠に気の毒に思うのだが、どうも解せない。
キエフ北部はロシア軍が進軍しつつある最前線である。その位置は刻一刻変わる。数時間前までロシア軍がいなくても、一瞬で状況は変わる。
①そうした場所に自動車で取材に行く時には、遠くからでも見えるように車体の四方や屋根に"PRESS"とペンキで大書きするか"PRESS"と染め抜いた大きな幕を車体に括り付ける。
②万一銃撃された時に備え、武装していないことを相手に知らせるため、白旗または”PRESS"と染め抜いた旗を用意しておく。銃撃されたら車からそれを振って相手に知らせる。「我々は記者だ!」と叫んでも相手には聞こえないことのほうが多い。
こうした点は戦地・戦場取材で記者が身を守るために当然の準備なのだが、動画にも記事にもそうした準備の記載がない。
●ロシア軍の警告射撃を無視した
同記事には「ロシア軍に待ち伏せ攻撃された」とあるが、実態は「前線を越えて、ロシア軍の支配地域が動き、スカイニュースの車がそれを知らずに入り込んでしまった」というのが正確である。
動画28秒目で、タイヤに当たった一発目の銃撃を無視して車を直進させたのは致命的なミスである。一発目は「止まらないと撃つ」という警告だからだ。ここで急ブレーキを踏むか、路肩に寄せるべきだった。
同じ3月6日、スカイニュースが向かっていたブカの町では、イヌのシェルターにエサを届けた帰りのボランティア3人の乗った自動車がやはりロシア軍に銃撃され、全員が死亡している。
言うまでもなく上記の事件は「非戦闘員を銃撃するロシア軍の国際法違反」である。「蛮行」と非難するのはたやすい。
●ロシア軍にとっては誰が武装して襲ってくるかわからない状況
本稿は「だからといって、ロシア軍の軍事侵攻を正当化する理由にはならないが」という前提で、上記の事件をロシア軍の視点で見てみる。
ウクライナ政府は、非戦闘員の市民に自動小銃AK47を配り、火炎瓶づくりを奨励している。そしてゼレンスキー大統領本人がロシア軍への抵抗を国民に呼びかけている。これは致命的なミスだと私は考える。
ロシア軍にすれば「誰が武装して襲ってくるかわからない」状態になったからだ。
欧米のメディアはウクライナの市民が志願兵に応じる動画をインターネットで流している。女性サラリーマンや学生もいる。自動小銃を渡している。この動画は当然ロシア側も見ている。
戦時国際法は「兵士」(戦闘員=combatant)と、武装していない市民(非戦闘員=non-combatant)を厳密に区別している。非戦闘員を殺傷することは国際法違反である。近代軍ならどこでもそうした戦闘中の規則(英語では'Rule of Engagement'という)を持っている。日本語でいえば「交戦規定」である。
しかし、ハーグ陸戦協定(1910年)は「公然と武装する者は戦闘員とみなす」と書いている。つまり軍服を着ていなくても、軍用車両に乗っていなくても、攻撃してよい。ウクライナ市民が自動小銃を受け取った瞬間、ロシア軍にとっては攻撃対象=「戦闘員」になる。
AK47の弾倉には30発しか弾が装填できない。上の動画を見ても、弾倉を多数持っているようには見えない。弾丸が尽きたら兵力としては終わりだ。しかも降伏しない限り「戦闘員」扱いは終わらない。
こうした小火器や火炎瓶で抵抗しても、戦車や攻撃ヘリ、重火砲で武装したロシア軍に与える損害は軽微だ。下手をすると玉砕戦になる。
本欄で繰り返し書いているのだが、近代軍の第一の責務は自国民の生命を外敵から守ることだ。正規軍の士官や兵士は戦闘で死ぬことも職責の一つだが、非戦闘員の市民は(徴兵されない限り)戦闘に参加する義務も、まして死ぬ義務などない。むしろ、国民が戦闘に参加しなくていいように、平時から正規軍を税金で維持しておくのだ。
その意味で、ウクライナ政府が市民に武器を配ったり、火炎瓶作りを奨励したりするのは、非戦闘員を戦闘に巻き込み、自国民の犠牲を増やす行為であり、近代軍の原則に逆行している。
●ロシア軍に民間人を攻撃する口実を与えた
ここでスカイニュースへの銃撃の話に戻る。
ロシア軍の視点から見てみよう。眼前の道路を自動車が直進してくる。警告の一発目をタイヤに当てても止まらない。直進してくる。
双眼鏡で見るとヘルメットに黒服の人間が5人乗っている。
武器は見えない。ウクライナ正規兵の軍装ではない。自動車は民間用であり軍用車両ではない。
しかし、民間人の服装、民間人の自動車であっても、隠して武装している可能性がある。場合によっては突っ込んできて自爆するかもしれない。
ここまでくれば、どこの国の軍隊でもそうであるように、自軍兵士を守ることが義務であるロシア軍の司令官は、発砲を命令するだろう。
先に警告射撃までしているのだから、慎重だとすら言える。つまり交戦規定を守っている。
イヌにドッグフードを運んできたボランティアたちの車も、そうして銃弾を浴びた可能性が高いと私は考える。
誠に不幸なことに、餌やりボランティアはもちろん、スカイニュース取材班も、行動様式が平時のままである。戦場にいる行動ではない。これを責めることはできない。非戦闘員が交戦規定を知らないのは当然だ。
ロシア軍にとって「現れた相手が戦闘員なのか非戦闘員なのかわからない状態」を作り出してしまった以上、戦闘下では、このような非戦闘員への攻撃が起きるのは避けられない。民間人の犠牲は増えこそすれ、減りはしない。
少なくとも、国民を武装させたウクライナ政府の判断は、ロシア軍に「民間人(非戦闘員)か戦闘員かわからないときは撃ってよい」という口実を与えてしまった。実際にロシア軍はそう実行している。返す返すも愚かである。
「外国軍の侵略に国民が団結、銃を取って戦う」というお話は勇ましく、愛国的で、英雄的に思える。マスコミは喜んで記事にするだろう。野次馬は拍手喝采するだろう。
しかし、戦争においては「勇ましく」「英雄的で」「愛国的な」政策が「戦争で自国民の犠牲を最小限に抑える賢明な選択」であるとは限らない。
この辺の安全保障センスの欠如が、3年前までテレビタレントだったゼレンスキーの限界なのだと、私は落胆せずにはいられない。
●キエフ市街戦の民間人犠牲者は数万人レベル
3月8日現在、首都キエフはベラルーシ側国境(北西部)とロシア側(北東部)から進軍してきたロシア軍の包囲網が完成しつつある。
ロシアが黒海艦隊の基地を持ち、国内に3ヶ所しかない外洋への出口である戦略上の要衝・クリミア半島や、ドンバスはロシア軍にほぼ制圧されている。ドニエプル川を境界に、ウクライナの東半分にロシア軍は深く浸透している。しかし同川から西半分はほとんど展開していない。唯一の例外がキエフである。
この状況では、ウクライナ東半分のロシア軍による制圧は時間の問題でしかない。 首都キエフの包囲もまもなく完成するだろう。
●ゼレンスキーをキエフから撤退させるシナリオ
するとウクライナ国民の犠牲を最小限に止めるためのゼレンスキーの最も賢明かつ英雄的なシナリオは「私一人が投降するから、即時停戦しろ」とロシアに申し入れることだ。
そして世界のマスコミが取り囲む中でゼレンスキー一人が投降すれば良い。ロシアは戦争を続ける理由を失う。ゼレンスキーの処遇は、国際世論が注視するから、ロシアもぞんざいに扱えない。裁判にかけられても、判決の後に恩赦→釈放→亡命と言う政治判断をプーチンにさせるよう外交で迫れば良い。停戦さえしてしまえばゼレンスキーの処遇は外交でどうにでもなる(ロシアは嫌がるだろう)。
ゼレンスキーが、我が身を犠牲にして多数のウクライナ国民の命と国土を救う。一国の指導者として、これ以上に英雄的な行動はないと思う。
上記のような考察をしていたら、3月7日「欧米がゼレンスキーの亡命と、亡命政府の樹立を検討している」というニュースが流れてきた。
このニュースのあともゼレンスキーは「私はどこにも行かない」とキエフの大統領府から動画をネットに流している。提案されてホイホイ亡命すると「国民を見捨ててトンズラした」と汚名を着せられるから、しばらくはジタバタと承諾しないだろう。
ロシア軍はキエフ以外の西ウクライナ(ドニエプル川から西側)にほとんど浸透していない。おそらく、東ウクライナを支配下に置いてウクライナを東西に分断して不安定化すれば、ロシアは政治的ゴールを達成するので、キエフ以外の西ウクライナの占領にはこだわらないだろう。
しかし首都キエフだけは話が別だ。大統領府があり、ゼレンスキーがいる。ロシア軍による包囲が完成したら、まったく別世界になる。
1990年代、ロシア軍が空爆と市街戦を展開したチェチェン戦争のグロズヌイでは、27万人の市民のうち「数千人」が犠牲になった。
これを人口280万人のキエフに単純に当てはめると「数万人」が死ぬ計算になる。比較のため数字を挙げると、東日本大震災の死者は約1万8000人である。
●キエフ市街戦のシナリオ
シナリオ① キエフを包囲・封鎖して補給を絶ち、市内の政府要人、兵士や市民が飢えて自滅するのを待つ。
シナリオ② 地上軍を市内に投入する前に、空爆で抵抗勢力と遮蔽物(建物)を徹底的に潰す。
シナリオ③ 空爆のあと市街地に地上軍を投入し、掃討戦。
シナリオ④ 大統領府を占拠。ゼレンスキーを拘束。
シナリオ⑤ ゼレンスキーが立てこもって抗戦した場合は射殺。例:1973年のチリ軍部クーデターでのアジェンデ大統領殺害(最後は自殺とも)。
実際のキエフ市街戦はこの①〜⑤のシナリオのうちのいくつかの組み合わせになるだろう。いずれにせよ、大統領府のある首都キエフの戦闘は、民間人を多数巻き込む凄惨な戦争になることは避けられない。
「ウクライナ国民のこれ以上の犠牲を避けるには、ゼレンスキーをキエフから撤退させて、キエフ市街戦を回避するしかない」。欧米諸国も、私と同じことを考えているようだ。
アフガニスタンやイラクの前例を考えると「ウクライナ全土でゲリラ戦になり、疲弊したロシア軍が撤退」と言うシナリオは実現するのは最短でも5〜10年後のことだ。
その間に犠牲になるウクライナ国民の数は、私の想像を超える。イラクでは11万人、アフガニスタンでは4万8000人の非戦闘員が死んだ。そのようなシナリオがまた現実になるのを私は見たくない。
もちろん日本でネットやマスコミを見て、本物の戦争をスポーツの試合か映画、オンラインゲームのように勘違いしている馬鹿者たちは「ウクライナは最後まで抵抗しろ」とか無責任な妄言を放つだろう。
しかし私は、自分と同じ人間が数万人規模で殺戮される現実に、人間的良心が耐えられない。それを止める方法を真剣に考えている。
(2022年3月9日午前3時10分 東京にて記す)