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ウクライナは欧米の軍事介入を諦め   ロシア経済の息切れを待つ      ロシアは世界経済を人質に瀬戸際戦略 ウクライナ戦争に関する私見6     2022年3月27日時点

巻頭写真:2017年、ロシア債権への投資を勧誘する楽天証券ウエブサイトより。

ゼレンスキーの国会演説(2022年3月23日)の文面を精査したついでに、その各国での演説の内容をインターネットで見て回った。各国議会にどういう言葉を話したのかが東京にいながら全部わかるのだから、これもネット時代の戦争の興味深いところである。

すると、あることに気がついた。イタリア、フランス(同22〜24日)など欧州各国はもちろん、アメリカ連邦議会でのリモート演説(2022年3月18日)でも「軍事的に援助または介入してくれ」とまでは言っていない。「経済制裁を強化してくれ」と言っているにとどまる。

しかし、いまは私たちの国とヨーロッパ全体にとって一番苦しい時で、私はあなた方にもっと強い行動をとるよう求めています。ロシア軍が止まるまで、毎週のように新たな制裁が必要となっています。不当な体制を支えているすべての人に対して、制限が必要です。

私たちは、ウクライナへの侵略の責任者と関係を断ち切らずに政権の要職についているロシアのすべての政治家を制裁リストに加えることを、アメリカに提案しています。

州議会議員から国家テロとの関係を絶つモラルを欠いた最後の役人まで。すべてのアメリカの企業は、ロシア、ロシアの市場から去らなければなりません。私たちの血で染められた市場から。

ウクライナ ゼレンスキー大統領 米議会で演説」
2022年3月18日NHKウエブ版より

つまり、ゼレンスキー本人も、欧米諸国がウクライナ戦争に軍事介入することは3月18日時点ですでに諦めていることがわかる。

●軍事介入をNATOはすでに断っている
ロシア空軍の行動(空爆や地上軍攻撃)を封じるため、ウクライナ政府は侵攻開始初期からNATOに「飛行禁止区域」(No Fly Zone)の設定を要請していた。しかし侵攻開始8日後の3月4日、NATO事務総長のイエンス・ストルテンベルグ事務総長(元ノルウエー首相)は「その必死の要請は理解するが、そうすればヨーロッパの全面戦争になってしまう」と拒否した。

ウクライナ上空に飛行禁止ゾーンを設定すれば、それだけでは終わらない。それを守らないロシア空軍をNATO軍が空中戦で阻止しないと意味がない。しかし、それをすれば、ロシアと欧米が直接軍事的に衝突することになる。

NATOは「ロシアと直接戦火を交えてまで、ウクライナを守るつもりはありません」と宣言したわけだ。事実上、ウクライナ戦争へのNATO軍の軍事介入の可能性はその時点で消えた。

もちろんゼレンスキーは不満である。同日、ネット放送で「弱腰」「ウクライナでのロシア軍の爆撃をNATOが許可したことになる」「きょうの午後以降に亡くなる人たちは、全てあなた方のせいで死ぬことになる」と怨嗟の声を上げた。ほとんど「逆ギレ」に近い。

ゼレンスキーの日本やアメリカ、フランス、イタリアへの国会演説はこの「軍隊を出してわが国に加勢してくれ」→「いや、お断りします」→「逆ギレ」のやりとりの後なのである。ウクライナにすれば欧米の軍事介入はすでに絶望なのだ。

欧米の視点でいえば、ウクライナ戦争が欧米に拡大する可能性はその時点では消えた。欧米は「ロシアとウクライナの戦争に巻き込まれるシナリオ」=「第三次世界大戦」だけは回避したことになる。ほっと一安心したことだろう(ウクライナにとっては残酷を承知で言えば、だが)。

ということは、ウクライナ軍は単独でロシア軍をその領土から駆逐しなくてはならない。補給など含めた軍事バランスでは、ほぼ絶望である。まして「ウクライナ軍がロシアに攻め上り、モスクワを占領し、プーチン大統領を逮捕する」というシナリオはない(太平洋戦争で大日本帝国軍がアメリカの首都ワシントンを占領するくらいの確率なら、ある)。ということは、ウクライナにとって最善のシナリオが実現したとしても「ロシアに勝つ」ではなく「ロシアが勝てない」でしかない。

すると、ウクライナの現実の選択肢は「経済制裁でロシアが息切れするのを待つ」「それまで抵抗して時間を稼ぐ」「その間に小刻みに停戦交渉する」ことしかない。

●ウクライナがゲリラ戦を展開するシナリオはあるのか?
日本大衆がTwitterなどで叫んでいる「ウクライナ国民がゲリラ戦を展開してロシア軍を消耗させ撤退に追い込む」というシナリオは、実現したとしても、あくまで「キエフの現政権(ゼレンスキー政権あるいは後継の反露政権)が倒れた」または「キエフを撤退した」後のシナリオでしかない。

アフガニスタンの前例を見れば、ゲリラ戦で被占領国がロシア軍の占領を駆逐するシナリオが実現したのは、1979年の侵攻開始から9年後の1988年だった。ゲリラ戦で占領軍を消耗させるには、それくらいの時間がかかる。持久戦かつ消耗戦なのだ。


●ゲリラ戦には「サンクチュアリ」が必要
ゲリラ戦には、ゲリラがホームベースとする「サンクチュアリ」(sanctuary)が必要だ。これはゲリラの休息や訓練、補給の拠点になる「安全地帯」=正規軍との正面衝突を避けながら逃げ込む場所=のことである。

「山岳」というゲリラが隠れてサンクチュアリを構築する場所がたくさんあったアフガニスタンと違って、ウクライナは領土のほぼ全てが平原である。隠れる場所がない。ということは、ウクライナがロシアの占領軍にゲリラ戦を仕掛けるためには、サンクチュアリをウクライナ領土外に構築する必要がある。

●ポーランドはウクライナに手を貸すのか?
ウクライナがゲリラ戦を展開するなら、そのサンクチュアリになる可能性が高いのは、陸続きで国境線が長く、かつ文化的に連続性が高いポーランドだろう。出稼ぎのウクライナ移民も多数いる。

Google Mapより

しかしそんなことをされたら、ポーランドまでロシアに軍事攻撃される可能性が出てくる。ポーランドはNATO加盟国である。

NATOにすれば、せっかく飛行禁止区域の設定で「ロシアとの軍事対決はご遠慮します」と断ったのに、そんなことを許したらロシア地上軍がポーランド領内に攻め込んでくる。ポーランドは北部でロシアの飛び地領・カリーニングラードと直接国境を接している。

ポーランドのもうひとつの隣国ベラルーシはロシアの友好国であり、ウクライナにロシア軍が侵攻する際も、ロシア軍の通過を許している。ウクライナがポーランドにサンクチュアリを作るような時点では、ロシア軍はウクライナ政府と軍をポーランド国境まで追い詰めているはずだから、へたをするとウクライナ・ベラルーシ両国境からロシア軍がやってくる。

そうなると、ポーランドだけでなく、NATO全体がまたウクライナ戦争に引きずり込まれるクライシスシナリオに突入する。これは、オーストリア・ハンガリー帝国内の民族紛争に同盟関係から全ヨーロッパが破滅的な戦争に引きずり込まれた第一次世界大戦の悪夢の再来である。それだけはやりたくないだろう。

第一次世界大戦に関する参考文献:「八月の砲声 」 (ちくま学芸文庫) バーバラ・W・タックマン

当然、ポーランドやNATOはウクライナに「ゲリラ戦の基地構築はやめてくれ」と言うだろう。ウクライナがサンクチュアリを国境付近に強引に構築しようとしたら、逮捕または掃討するかもしれない。いずれにせよ、ポーランドが自国を犠牲にしてまでウクライナを守る可能性は低い。

もちろん、ウクライナの亡命政権ぐらいなら、受け入れる可能性はなくはない。しかしロシアは嫌がる。ウクライナに親露政権を樹立しても、火種が残るからだ。「身柄を引き渡せ」と要求する。

そのホスト国を敢えてポーランドが承諾するには、何らかの形でのNATOが「万一の場合は、全力でウクライナ亡命政権とホスト国のポーランドをお守りします」という言質が必要だろう。この場合、前述の通り、NATOはロシアとの紛争の火種を抱え続けることになる。そこまでNATOはやるだろうか。忌避するように私は思う。つまり最後はNATOはウクライナ(ゼレンスキー政権)を見捨てる公算が高い。

つまり、ウクライナがゲリラ戦でロシア軍に抵抗しようとしても、どこにもサンクチュアリが設定できない。補給や訓練をするための安全地帯がない軍事的抵抗は持続しない。それは「ゲリラ戦」ではなく、組織化されない「散発的抵抗」にすぎない。

都市ゲリラ戦は悲惨な結果が長期間
後は大都市に紛れ込んで隠れる「都市ゲリラ戦」しか選択肢がない。しかし一方、ゲリラが隠れるほどの大都市はウクライナには多くはない。最大の都市キエフでも人口280万人=名古屋市ほどの規模だ。

そしてその戦術も爆破や要人誘拐、暗殺など「テロ」に近づく。

そうした都市テロ戦術は、一般市民の巻き添えを多数生む。またロシア軍と親露勢力も都市部でゲリラ掃討戦をやるだろう。ますます都市部は破壊され、非戦闘員が巻き添えで死ぬ。

ウクライナ市民の多数派は、それをどこまで支持するのか。それはキエフがユーゴスラビア内戦における包囲戦時のサラエボ(1992〜1996年)と同じ戦
闘地域都市になることを意味する。

包囲軍による狙撃や砲撃という低烈度紛争(Low Intensoty Conflict =LIC)と隣り合わせで生活することを、キエフ市民は受け入れるのか。まったく未知数である。

ちなみに、抗日戦初期での中国共産党は、1927年に上海の都市拠点活動に失敗(国民党軍の上海クーデター)して、毛沢東の主導する「山岳部〜農村部をサンクチュアリとする戦略」に転換した。

それが共産党による統一中国の回復という戦略的成功をもたらしたのは、22年後=1949年のことだ。正規軍に抵抗するゲリラ戦が実を結ぶには、それぐらいの長い時間がかかる。

●世界経済を人質にとったロシア
一方ゼレンスキーが望む「ロシアが経済的に息切れしてウクライナから撤退」というシナリオが実現すれば、それで世界は無傷なのか。

ロシア軍が息切れするほどロシア経済が疲弊するシナリオでは、ロシアの国債や、石油関連企業の社債のデフォルトが頻発し、それをファンドに組み込んでいるアメリカや日本、欧州の金融界が巻き込まれる。つまり「世界同時不況」のシナリオを覚悟しなくてならない。

つまりロシアは世界経済を人質に取っている。ロシア株や債権はすでに世界中のファンドに組み込まれている。無傷でいることは難しい。これは、アメリカの住宅ローン会社の破綻が世界を引きずり込んだ「サブプライムローン危機」(2007年)と同じ「経済のグローバル化」のダークサイドだ。

欧米日にすれば、ウクライナ戦争にびっくりして勇ましく「ロシアを経済制裁で追い込む」のはいいのだが、本当にロシアが経済制裁で壊滅し、社債・国債のデフォルトに追い込まれると、自分も重傷を負う。つまりこれは「どちらが先に音を上げるか」という「チキンレースのシナリオ」(ゲーム理論の初歩)である。

ということは、欧米日は本音では「ロシア経済の壊滅までは望んでいない」ということになる。おそらくロシアへの投資が多い順番に「そこまでは付き合えません」と「ケガする前に脱落する」ことになるだろう。

つまりロシアは自分を人質にして「オレが破滅してもいいのか」と世界を恫喝していることになる。捨て身の戦法だ。これはコワい。「瀬戸際外交」とも言う。もちろん軍事侵攻に踏み切った時点で瀬戸際外交もいいところなのだが。

良いニュースと言っていいのかどうか、ロシアは石油という戦略物資の輸出国なので、国家が破綻するまでお金ゼロに追い込むのは時間がかかる。むしろその前に、貿易決済のための外貨準備が底をついた時点で世界経済からは死亡宣告されるだろう。

2021年6月時点で、ロシアの外貨準備の内訳をみると、ユーロが32.3%、ドルが16.4%、英ポンドが6.5%である。円は2%程度と推測される。それ以外は、金の21.7%、中国人民元の13.1%などである。先進国で外貨準備を凍結されたことで、全体の57%程度の外貨準備を、ロシアは一気に失ったことになる。(野村證券研究所・木内 登英エグゼクティブ・エコノミスト)

2022.3.1 野村総合研究所ウエブ版より

●キエフ包囲戦で兵糧攻めが終わるのは半年かかる
キエフ包囲戦と兵糧攻めをやるなら、市内にいる抵抗勢力が飢えて自滅するのに半年はかかる。中国の国共内戦での長春包囲戦は陥落に約150日にかかり、30万人が犠牲になった。

一方、単なる推測に過ぎないが、経済制裁下ではロシア経済は半年は持たない。

ならば、ウクライナ戦争が長期化することはロシアは避けたい。「締め切り」が近づくと、一気に暴力的な攻勢に出る可能性がある。侵攻が始まったのが2月24日だから、半年後は8月末。遅くとも夏が終わるまでには決着を付けたいとロシアは望んでいるだろう。

●日本の年金運用にもロシア株・債権は入っている
日本の年金を運用するGPIFでのロシア関連資産は約2200億円(21年3月末)ある。これが回収不能、あるいは市場価値ゼロになったら、どうなるのか。

日本の年金資産の運用総額は約194兆円だ。ロシア関連株・債券の2200億円=0.1%である。それを「ああ少なくてよかった!」と安心するのは早計だ。経済制裁が効きすぎてロシア経済が破綻した場合、非ロシア関連の株・債券とも、当然値下がりする。ロシアに投資している企業の株が同時に暴落するからだ。外貨為替相場も乱気流事態になるだろう。

●日本に経済制裁の出口戦略はあるのか
日本国民は、ロシアへの経済制裁をけしかけたはいいが、その結果「ロシア経済が破綻したので、運用損が出ました。ごめんなさい。日本人の年金支給額を引き下げます」と言われたら、どうだろう。 日本国民はそれでもロシアへの経済制裁続行を支持するだろうか。

軍事介入にせよ経済制裁にせよ、ある国が他国の戦争にコミットするのは簡単だ。国内・国際世論の勇ましい掛け声に乗っかればよいだけの話だ。

問題は「戦争へのコミットをどうやって終わらせるか」という「出口戦略」なのだ。いったん始めたコミットからどうやって抜け出すか。そのシナリオを用意しない他国の戦争へのコミットは自殺行為でしかない。

(2022年3月27日、東京にて)

<注1>今回も戦争という緊急事態であることと、公共性が高い内容なので、無料で公開することにした。しかし、私はフリー記者であり、サラリーマンではない。記事をお金に変えて生活費と取材経費を賄っている。記事を無料で公開することはそうした「収入」をリスクにさらしての冒険である。もし読了後お金を払う価値があると思われたら、noteのサポート機能または

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<注2>今回もこれまでと同様に「だからといって、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を正当化する理由にはまったくならないが」という前提で書いた。こんなことは特記するのもバカバカしいほど当たり前のことなのだが、現実にそういうバカな誤解がTwitter上に出てきたので、封じるために断っておく。


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烏賀陽(うがや)弘道/Hiro Ugaya
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