君は東京に依存してる?
やっと仕事が終わった帰り道。最寄り駅の西新宿に着いて、寒くなった東京の街を歩いて帰る。夏が永遠に続くように感じた10月の暑さ。でもやっぱりちゃんと冬はやってきて、街行く人たちは白い息を吐きながら、家路を急いでいた。年々春と秋が短くなっている気がするけど気のせいじゃない。だんだんと、でも確実に季節は変わりつつある。そんな中で、何気なく過ぎていく日々も変わっていくのかもしれない。
テレビで見た東京に憧れて、田舎から上京した僕は地元に帰ることなく今も生きている。大学時代は23区外だったけど、社会人になってからは立地を考えて新宿の近くに引っ越した。地元では駅の周りだけの光景がずっと永遠に続いていく。立ち並ぶ高層ビルは東京という街を象徴するようなものだと思った。
そんなことを考えながら、青梅街道を下っていく。東京に慣れてしまったかというとそういうわけではない。落ち着けるのではなく、せかせかと。何かに置いていかれるような焦燥感があって、気付いたら時間が過ぎていくみたいな不思議な感覚。地元に帰るとこの感覚はリセットされるけど、戻ってくるとすぐに忙しい毎日が始まる。
上手くいかないことがあって、少し凹んだりして、それでも東京は僕を待ってはくれない。早く追いつかないと置いていくよ?って笑っている先輩みたいであり、何物にも捉われない自由な存在のようであり、いつでも誰でも受け入れてくれる象徴のような存在でもある。
家までは歩いて15分。新宿からぎりぎり歩ける距離の1Kマンションは良い感じ。隣人同士の付き合いは無くて、軽く会釈するくらいだ。家についてなんか作ろうかなと冷蔵庫の中身を思い出していると、すぐに家が見えた。近づくとエントランスの前に見慣れない女性が立っている。軽く会釈をすると、声を掛けられた。
「すみません。鍵を開けてくれませんか」
「ああいいですよ」
「ありがとうございます。こっちの鍵会社に置いてきちゃったみたいで」
うちのマンションはエントランスのキーと部屋の鍵が違うものになっている。セキュリティの為にはいいんだろうけど、2本ないと部屋までたどり着かないのは結構めんどくさかったりする。鍵を開けて一緒にマンションに入った。
「本当にありがとうございました。このままだと部屋までたどり着かないとこでした。ここのマンション、毎回2本の鍵使うのめんどくさいですよね」
「確かに。同じこと思ってました」
「いつもどっちか置いてきちゃったりして、入れないことあるんですよ。その度に誰か待ってなきゃいけない」
そう言って笑った彼女はとてもかわいくて魅力的だった。
「ちょうどタイミング合ってよかったです」
「ほんとに。会うの初めてですよね?3階に住んでる中山かおりです。また外にいたら助けてね」
「2階に住んでる松橋です。よろしく」
「松橋さん、そういえば夕飯食べた?」
「いや、今から作ろうかなと思ってましたけど・・・」
「じゃあさ、助けてくれたお礼に近くの居酒屋でご飯食べない?良い感じの赤ちょうちんがあるんだよね」
ここで断る理由はないので、僕はもちろん快諾した。一度入ったドアを開けて、寒空の下にもう一度出た。
「帰りも開けてもらわないといけないから、飲みすぎないようにしよ」
そういって彼女は青梅街道の方へ歩き出した。東京にはこんなこともあるのかもしれない。そう思いながら、僕は彼女の後ろに追いかけた。