明日世界は終わるんだって
金曜日の夜、中野。残業帰りでヘッドホンをして、商店街を歩いていく。終電までもう少し。周りには華金を楽しんだ人たちで溢れてる。この街は誰にとっても居場所があると思う。少し急がないと。
金曜日の夜、久しぶりに誘われた合コンで飲んだ。それなりに盛り上がったけど、二次会のカラオケに行く気にはなれなかった。みんなと別れて、一人南口のロータリー辺りを歩いていく。
そういえば、煙草が切れてた。居酒屋は多いのに中野駅周辺に煙草を打ってるコンビニは少ない。確か駅の改札横にニューデイズがあったからそこで買って帰ればいいかな。まだ間に合う。
喉が渇いてきた。水が飲みたいな。お酒は飲むけど、知らない人と飲むのはちょっと疲れるから、少し飲み過ぎたみたい。確か北口に小さいコンビニがあったはず。買った後で電車に乗れば全然家には帰れるから。
煙草買って、本当はダメなんだけど、広場の椅子に座って吸って周りを見てみる。皆一様に楽しそうだ。帰ったらすぐ寝るか。それとも映画でも観るか。明日は休みだからなにしたっていい、特にすることもないけど。
水を買って一口飲んだ。少し冷静になって周りを見渡す。急ぎ足で改札を抜けていくサラリーマンも、ほろ酔いの男女も、地面に座って歌ってる人も、キャッチのお兄さんもお疲れさま。あと少しで今日も終わっちゃうな。
周りの音が聴こえないのは良いことだと僕は思う。流れていく無音の視界とヘッドホンから流れる曲はミスマッチな時と、ぴったり合う時がある。次の曲は何だろう。
最近流行ってるし、好きなのはYOASOBI。群青も好き。東京で暮らす人にぴったりなんじゃないかな。「東京女子図鑑」「東京男子図鑑」をもっと現実的にして、理想を追い求めてみた、みたいな感じ。
何の前触れもなくて始まる。そんな唐突な言葉に、少し自分の事を考えた。なんとなく生きていくだけなのかな。不満はない。ふと目が合った。誰か近づいてくる。知り合い?いや知らない。
ふと誰かに話したくなった。なんでだろう?分からないけど、そう思ったら目が合って歩き出していた。不意に頭に浮かんだフレーズを、自分以外の誰かが、知らない誰かがどう感じるのか、気になってしまった。
「明日世界は終わるんだって。」
重なった歌詞。だけど、急にこんなこと言われても戸惑うだけだ。その人の顔を見つめる。そりゃ確かにこんな世界終わってるって思うこともあるけど。誰だよ。毎日をただ生きている僕には何にも分からなかった。
なんでそんなこと言ってしまったんだろう?12時が回る前、街で見つけた君にそんなこと言ってしまった。ただの予感。ふと目が合った男の子。同い年くらいかな?ラフな服装にヘッドホン。少し誰かを困らせたかった。
「は?」って聞き返してみた。さぞかし間抜けな顔をしてただろうって自分でも思う。誰でもそうなるかな。いつもなら見ず知らずの人を相手にしないのに、その時の君の顔がどこか真剣だったから。
不思議な顔をしてる君を見て、返事に困った。だって、そんな深い意味なんてないつもりだったから。でも、君がどことなく真面目に見えた。自分から言っておいて何にも言い返せないなんて、身勝手だね。
黙りこくった君を見て、僕もどうしていいかわからなくなった。多分このまま5分も経てば今日は終わって明日がやってくる。君が言う明日が明日なのか、明後日なのか。それさえも分かっていない。「何が終わるの」。
「だから、世界がだよ。」とっさに答える。なんでだろう、ますます不可思議な顔になる君をもっと困らせたくなった。「言ってるじゃん、明日世界は終わるんだって。」
「そっか。で、どうなるの?」ここにいる僕らはどうなるの。まだ名前も知らない君はどうなるの。明日世界が終わることなんて、本気では考えたこともないから。少し知りたくなった。
分からない。僕にも分からない。本当に、もし本当に世界が終わったら、って考えてみた。だから言ってやった。「終わるんだよ。世界が。何もかも。僕も君も。」
もう5分経つ。12時を回りそうだ。そろそろ終電だから帰らないといけない。「そうなんだ、終わっちゃうんだ。哀しいね。」適当に言っているつもりでも、なぜか緊張している自分がいた。暗くて君の顔はよく見えない。
「だから、さよなら」急に我に返って恥ずかしくなって、後ろを向いて改札に向かって走り出した。週末の、何にもない夜に、一人で思い立った悪ふざけ。ごめんね。何にもないんだよ。ただの興味関心。
なんだよもう。もっとなんか言いたいことがあった気がする。でも、言葉には出来なかったな。彼女の事は何にも分からなかったけど、もしもう一回逢えたら聞いてみようかな。ヘッドホンから流れる曲がもうすぐ終わる。
終電に飛び乗る。少し息が上がった。また水を飲む。一人で笑ってしまう。なんか変なこと言ってしまった。困らせたかな。でも、あの人の表情は覚えてる。ちゃんと聞いてくれた。最後はどんな歌詞だっけ?
「もしも世界が終わらなくって、明日がやってきたなら、ねえ?その時は二人一緒になんて。」