アダムとイブ #3
店を出たらもう23時を回っていた。小さなライブハウスだと終わった後に中打ち(中打ち上げ)が行われることがある。今日もライブが終わった後に出演したバンドと知り合いたちが思い思いに飲んでいた。僕はバーカンでひたすら酒を作り、徳用のミックスナッツをお皿に盛ったり、乾きものを買いに近くのコンビニに走ったり、とにかく言われたことはなんでもやらなかきゃいけない。人間は酔っぱらってくるとだんだん気が大きくなってる。それが楽しくもあるけどそうじゃない場合もあるから注意が必要。
始まってから大分時間が過ぎた。実はまだまだ終わりそうになかったんだけど、店長が「今日はもう上がっていいよ」って言ってくれたから、やっと着替えて帰る準備をした。
階段を上がって外の空気を吸う。すぐとか言って結構時間は経っていたから、もしかしたら待ってないんだろうなとも思っていた。12月の吉祥寺は寒いし、女の子が一人でいるような時間でもない。案の上で外には誰もいなくて、ただ眠そうな猫が道端で丸まってるだけ。でも僕は猫じゃない。目配せだけして吉祥寺駅に歩こうかと思った時、目の前のコンビニからアサミが歩いてきた。手にはコーヒーを持っている。
「あ、タツキ君、やっと終わったの?待ちくたびれて一人で缶チューハイ飲んじゃったよ。これ酔い冷ましのコーヒー飲む?」
彼女は逆にこっちが遠慮するほどに全くあっけらかんとしていた。そう、心配するほどに。なんで待ってたのとか一人で外で待っていて寒かったんじゃないのとか誰かに声掛けられたりしなかったとか言えればよかったんだけど、そんな気の利いたセリフは出てこなかった。
「・・・ありがとう。」
ただそういってコーヒーを受け取った。アサミはそんな僕を見て不思議そうに笑っている。
「なに?どうしたの?早く飲み行こうよ」
「いや、待たせてごめん。正直帰ってるんだろうなって思ってたから」
「なんで?誘ったの私なのに何で帰るの?」
本当に分からないといった感じのアサミにただ僕は申し訳なさそうな顔をするしかなかった。
「いや、別に信じてなかったとかそういうんじゃないよ。でも結構時間経っちゃったし、いなかったらしょうがないかなみたいな」
「全然信用ないんだねー。私は自分から誘っといて帰ったりしません」
少し怒ったような顔をしているけど、目は笑っている。僕をからかってるみたいに見えた。
「ごめんって。お詫びに驕るから」
「へー、じゃあめっちゃ高いの頼んじゃおう。じゃあいこ」
そういってずんずん歩いていく彼女に慌ててついていった。コーヒーで手を温めながら。サンロードの人はまばらで、多くの人は駅を目指してる。そんな中、途中で曲がって井の頭公園方面へ歩いていく。先を行くアサミは口を利いてくれないけど怒ってるわけでもなさそうで、時々こっちを振り返ってはまた一人で行ってしまう。距離を詰めようとすると小走りになる。なんだかからかわれてるみたいだ。
ラグタグやサンタモニカの通りで立ち止まったアサミにやっと追いついた。
「遅い。歩くの遅いよ。全然追いつかないじゃん」
「追いつこうとしたら走ってたでしょ。そりゃ追いつかないよ」
「だったら走ればよかったじゃん。私マーチンの10ホールだよ?すぐ追いつけるのに」
「走るのはめんどくさい」
「なにそれ。感じ悪い」
最も彼女は本気で怒っている感じではなくて、からかうような少し拗ねたような、どこか面白そうに喋ってるだけだ。僕もそこまで本気にしているつもりはなかった。
「ほら、行くよ。私は早く飲みたいんだから」
「うん、ちゃんとついてくからさ、そろそろその場所を教えてくれてもいいんじゃない?」
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