夕闇骨董シリーズ 一章:首穴屋敷と幽霊骨董店 3話「その店は幽世の入口みたいで」(前編)
「皆はさ、美人なお姉さんって好きかな?
私?私は美人なお姉さん大好きだよ!美人なお姉さんってやっぱり憧れるもんね!
私も美人系にママが産んでくれたと思うんだけどさぁ、それでも目の前に美人なお姉さんが来ると「美人さんキタァァァ!」ってなっちゃうよね
オマエはメスガキ系だろって?
よしテメー表出ろ!久しぶりに切れちまったよ
…なんてね
でもさ、美人さんってさ、美人すぎると怖くなると思わない?
ほら怖いぐらいに美しいって表現が有るじゃん?
それに悪女って呼ばれる人って美人な人が多い気がするよね
そう、怖いくらいに美しい
リスナーの皆は気が付いたかな?
今回の話は前回話した幽霊商店の続きだよ
逢魔が時に突然現れた幽霊みたいなお店に入ると、怖いくらいに美人なお姉さんが迎えてくれるの
でもお姉さんを見て「うわぁ、物凄い美人な人だなぁ…常連さんになっちゃおうかなぁ」なんて浮かれちゃ駄目だよ
…だってそのお姉さんは人々の恨みや妬み、後ろ暗い気持ちを長い時間寄せ集めて人の容に落とし込んだ集合体みたいな存在なんだって
美人なお姉さんの正体は
その存在そのもが不幸や不吉を象徴する怪異なんだ
でもお姉さん自体は心優しい人でね、お店に迷い込んでくる人が不幸な運命に呪い殺されちゃわないように
少しでもその人に降りかかる不幸が軽くなるように、その為に必要な商品を勧めてくれるの
その商品は、勧められた人にとっては特別な商品だからさ、たとえどんな商品を進められても絶対に買うべきなんだ
もしその時に買いそびれちゃうと…
運命に呪われちゃうよ?」
午後18時50分 穴〇■ 八X社X?リ 幽刻庵前
はぁ…はぁ…はぁ
自分の吐き出す息の音が夕暮れの通りに響いてる気がする
そんな大きい音のはずが無いのに…
店先まで朧気な何かに導かれて歩みを進めてしまったら俺は、少しの緊張感と覚悟を持って息を整えた
そしてゆっくりと
自分の意思を確認するように丁寧に
扉を開けた
その瞬間に夏の暑さが嘘のような涼しい空気と暖かい光が身体を包み込む
「あら、久しぶりのお客様ね
いらっしゃいませ、ようこそ幽刻庵へ
私は店主の九重と申します
どうぞごゆっくり、…ここまで貴方を誘った商品を是非お探しください」
此の世の者とは思えない程の、本当の意味で絶世の美女と言う言葉を体現した女性が迎えてくれた
夕闇色としか表現出来ない橙色に暗闇に塗した神秘的な髪色と
顔色は白磁の様に白いが、その白さがいっそ非常識なまでに整った顔の美しさを引き立たせてる
余りの美しさに圧倒されて、その口から発せられる言葉が上手く頭に入ってこない
ただ
「あの、お恥ずかしながら道に迷ってしまいまして、気が付いたらこちらのお店に向かってました
…此処って何のお店なんですか?」
「そうですか、道に迷ってしまいましたか…それは心細いですわね」
「心細いですか、言われてみればそうなのかも知れないっすね、いつも通り駅へ向かってた筈なんですけど
いつのまにか見慣れない道に出てまして、あの三叉路で曲がる道間違えたかなぁ…でも、それにしても…」
「こんな店は見た事が無いと?」
「そうなんすよ、きっと今まで通ったことの無い道に入っちゃったみたいで、ここって穴塚の何処らへんですか?」
「穴塚ですか、そうですのね今宵は穴塚に…それはまた懐かしい名前ですこと」
「えっ、なにを言ってるんですか?ここは穴塚ですよね?だってショッピングモールから駅まで俺は歩いて…」
「どうやら戸惑ってるご様子ですね
でも何も不安に感じる事は御座いませんよ
その迷いは必要な事なのですわ
貴方がこれから巻き込まれる怪異の数々から命を奪われないために
…そして貴方を取り巻く大切な人達を守れるように、そのために道に迷い
当店へと誘われたのです
本当は貴方も既に気が付いていらっしゃるのでしょう?
ここは日常と非日常の境界線
この店は此の世の歴史から否定され世間の目から隠された、哀しく麗しい骨董品達の集いの場です
幽刻庵は時代から取り残された品物達に見初められたお客様を、正しい運命の商品へと誘導する為のお店で御座います」
「な、なんか大袈裟ですね運命とか歴史とか、そんなの急に言われても正直意味が解らないと言うか…現実味が無い話っすよ」
「ふふふ、そうですわね、大袈裟で胡散臭くて…でも貴方にとっては酷く懐かしい事柄なのでは?」
取り繕う事もせず、ただただ異質な空気に飲まれないように素直な言葉を口にする俺に対して
店主のお姉さんは子供に諭すような優しい声色で俺の日常を非日常で浸食し始める
懐かしい?
それも酷く懐かしい?
その言葉を切っ掛けにして、開口一番で突拍子も無い事を口にした店主に対して当然のように芽生えた猜疑心が少し軽くなる
何故なら俺は、持ち主が骨董品を選ぶんじゃ無くて骨董が持ち主を選ぶって事を習って知ってるんだから
確かに懐かしい…アレは俺が小学生時代の夏休みに親父と一緒に骨董屋:黒倉へ遊びに行った時だった…
黒倉の大将の娘さんが俺の事を可愛がってくれて俺もその年の離れたお姉さんが大好きだった、
たしかあの時も骨董屋のお手伝いとかお姉さんに古い本を読んでもらったり凄い楽しい経験が出来たような…
ような気がするのに記憶が明確に思い出せない、古い記憶だからそりゃ当然なんだろうけど
それにしても記憶に曖昧な所と明確な所に差が有り過ぎるような…例えば新聞から自分の好きな所だけを切り集めたスクラップブックのような、
そんな切り貼りされた記憶の片隅から、目の前に居る店主が発した言葉を切っ掛けに古ぼけた記憶の一角だけが鮮明に思い出されて浮かび上がってきた
この時は確か、蝉の鳴き声が響き渡る黒倉の蔵の前で、大将が少し苦笑いをしながら俺に向かって話しかけている
「いいか小僧しっかりと覚えとけよ、骨董品ってのは持ち主が手に取る物を決めるんじゃぁ無い、
古い骨董品には意思が有る、その意思が自分の持ち主を選別して引き寄せるんだ…
そう言う意味じゃ小僧はモテモテだな、骨董品を見るのは楽しいか小僧?
そうかそうか楽しいか、数多の骨董が小僧の気を少しでも引こうと訴えかけてきやがる、そりゃ楽しいよなぁ…
でもな小僧、それは正常な事でも小僧にとって良い事ばかりでも無いんだ、骨董に憑いてる歴史や想いっつーのはな、
その全てが善良な物とは限らねぇ…むしろ後悔や恨み言、そんな恐ろしいもんを引き寄せちまう事だって有るんだ、
って言っても小僧にこの話はまだ早いか、まいっちまったな…そんなに泣きそうな顔しなくて大丈夫だ、
小僧の周りには俺たち大人が居るだろ?何が有っても大人は子供を守るもんだ…だから安心して笑ってろってそれが子供の仕事だぜ
そんなに泣きはらした顔をされたら、小僧の親父に嫌味に1つや2つ貰っちまう…アイツは後輩の癖にネチッコイんだ
勘弁してくれ…な?ほら、アイスでも食うか?」
何であの時そんな会話になったんだろうか、遠い昔の話だから忘れてしまったな
やっぱり思い出せない、そこまで重要な事じゃ無かったから?
いや…本当に…何で俺は蔵の前に大将と二人で?
余りにも曖昧な記憶に思考が飛びかける、そのタイミングを見計らったかのような店主の声かけで思考がこちら側に戻される
「お客様は骨董がお好きでございますか?」
「えっ、まぁ親父の知り合いが骨董品屋を営んでまして、俺自身も幼い頃から骨董は好きでしたけど」
「それは素敵ですね、それならば今宵はお客様にとって素晴らしい出会いになる事でしょう」
「でも、骨董品が持ち主を選ぶって価値観は理解出来るんですけど、正直な所ですね…怪異ってのは流石にファンタジーが過ぎると言いますか、
オカルトとか都市伝説とかの話ですか?」
そう、骨董品が持ち主を選ぶのは真実だ、それは知ってる
俺はそれを良く知ってるんだ
でも怪異と言う言葉の響きに現代人として忌避感を覚えてしまう…だって
「店主さん、この令和の時代にそんな怪異とかオカルトみたいな不思議な事なんて、有る訳が無いじゃないですか」
「あらお客様は随分と面白い事を言われますのね、
僭越ながら私の口から現世の真実を述べるので有れば
よろしいかしら客様?
此の世は不思議な事で満ち溢れていらっしゃいますのよ?」