夕闇骨董シリーズ 一章:首穴屋敷と幽霊骨董店 6話「色々と見えてる妹様と、憑いてきちゃった巴さん」(中編)
誰かを恨でも無く
己の不運を嘆くでも無く
女人の身で有りながらも剣の腕を磨き
心根を強く持ち
ただ正しく
前を向いて歩いて行きたいと私は思うておりました
ただあの日…
そう
私の命が潰えたあの日
この身を凶刃に投げ出した時の衝撃で何処かへと落としてしまったのでしょう
あれは
自分から苦界に落ちると覚悟を決めた、
その日から
……最後に残した武家の娘としての誇り
唯一の心の拠り所として身に着けていた大切な物でした
ただ、それだけが心残りで
だからこそ未練がましくも浮世を亡者の如く彷徨っているのです
昨夜ノ幽刻庵
「あー店主さん、これが欲しいんですけど…お値段はいくらっすか?」
取り合えずこの簪は、後ろの女性にお供えした方が良い気がしたので値段を聞いた
そんな俺に対して店主さんは美しい顔に少しの驚きを浮かべながら
「これは驚いた、お客様はその商品をご所望でしょうか?」
「ご所望って言うか…その、俺の後ろの女性が探してる物ってこの簪じゃないっすか」
「何故そう思われるのでしょうか?」
「何故も何も、この簪の方から俺の後ろに憑いてる女性に対しての強い思い入れを感じますし、
それに後ろの女性も突然「私の簪…刀の簪」って背後で延々と呟き始めましたし」
この女性の霊は存在が擦れ切ってみたいで理性も思考も大変曖昧になってるのだろう
壊れた機械みたいに同じ呟きを背後で連呼されるのは正直怖い…
「あらまぁ…それは大変ですわね」
そんな俺の返答を聞いた店主の顔には、俺の返答に満足したのか一瞬その美しさに可愛さが宿った笑顔を此方に向けて浮かべてくれた
「やはり、お客様は幽世の物の声も人の声も、その声全てを余すことなく聞き取る事が可能な耳をお持ちなのですね、本当に素晴らしい事ですわ」
「いやいや、そんな御大層なもんじゃ無いですよ」
「ご謙遜を、お客様はその簪の声を聞き取り、背後の亡者と化した女性の声をも聞き入れる、
この店に導かれた人間の中でも本当に極僅かな、この幽刻庵から提示される無数の選択肢の中で正解を選び取れるだけの心と能力を御持ちでいらっしゃいます」
つい先刻までの、それが日常的で普通の事だと自衛の為に自分と世間の乖離を胡麻化していた自分だったなら、
いささか過敏に否定していただろう店主の誉め言葉を聞き流す
何故なら、既に俺はその簪に目が釘付けだったんだから
欲しい…この簪が欲しい
永年探してきた簪だ…やっと…やっと手に入るんだ
いや違う、この感情は…これは憑いてる女性の感情だ
だからこそ、この簪を俺に憑いてる後ろの女性にプレゼントしたい、
血に濡れた上に何か刃物に切られ突かれでもしたのだろうか
…その身に纏う布切れみたいなボロボロの着物
でも目を凝らして見れば、元々の作りは高価な着物だったのではなかろうか?
そして、この女性にあの簪は、
とても似合うんだろうな
「あの、それでこの簪のお値段は…結局いくらなんすか?」」
「そうですわね…この簪は、お客様も既に気が付いていらっしゃるとは思いますが、お客様の背後に憑いてる女性が過去に身に着けていた持ち物、
それを元の持ち主に返そうとするお客様から対価を求めると言うのも話としては変な話ですわ…
ですが、だからと言って何の対価も無く店の商品をお客様にお渡しするのも、此方としては商売として成り立たず困ってしまいます、
そうですわね…あぁ、あれとセットで1つの商品としてお客様にお売りさせいていただきましょう、
お客様申し訳ありませんが、少々お待ちくださいませね」
何か思いついたのか、そう断りを入れ簪を俺から受け取ると、そのまま店主は店の奥に下がって行く
先程から店主とのやり取りや記憶の断片を思い出したりと、
すっかり自分の日常が非日常に浸食されて行く感覚に襲われたり
正直緊張の連続だった…その元凶で有る、此の世の者とは思えないぐらいに、正に絶世の美女で有る店主が店の奥に下がった事で少しだけ肩の力が抜けた
あらためて店内を見渡す
その店に陳列されてる商品は、その全てが濃密な存在感を醸し出してくる
1つ1つの商品に目を向ければ、その商品に宿った思念や怨念が否応が無く耳に入って来る
例えばあの招き猫、
あれは強盗に入られた蕎麦屋の店に置かれていた置物だ、
そして招き猫は強盗に入った犯人への復讐だけを願っている、その犯人の血族を絶やす事だけを祈り、呪いの言葉と恨み言を口から呟いている
そして
あのブローチは凄いな…アレはフランス革命に巻き込まれて命を落とした徴税請負人の奥方のブローチだ、
持ち主の死が理解出来ていないブローチは、持ち主を母親の様に慕っていたのだろう、
ただ理不尽に母親と引き離されたと感じ、数百年も持ち主を探し求めている
金髪碧眼で幼さの残る少女の容姿となり最早精霊と化して顕現しており
店内を見渡す俺と目が合った一瞬だけ緊張感したようだったが
そもそも、そこまでこの店には人の出入りが無いのだろう、物珍しい物でも見つけたかのように此方を眺め笑いながら手を振ってくれた、
その表情に悪意は無く、好奇心に満ち溢れた純粋な子供の笑顔
百鬼夜行の様な空間の中で、その笑顔が唯一の癒しを俺に与えてくれた事に感謝をしながら
こっちからも笑顔で手を振り返しておく
「あら、この短時間で(フランス人名)に懐かれるなんて、本当に面白い御方です事」
「いや、どの時代も子供は好奇心旺盛なだけですよ」
「その子の元の持ち主は理不尽の被害者達が団結した結果新たに生み出した理不尽…革命の被害者、
その子の本質は大人達への不信なのですが…本当に不思議な御方ですねお客様は」
「それなら俺がまだまだ子供って事ですよ、それよりその本は?」
店の奥から戻ってきた店主は先程の簪を収めたのだろう桐の箱と、簡素な装丁の古い本を片手に持っていた
「一応確認させていただきますが、お客様は江戸時代から明治時代に使用された、くずし字を読む事は…出来ますでしょうか?」
どうみても現代文に訳されては無いであろう古ぼけた本を片手に
店主からの読めて当然だろ?ぐらいのテンションで投げかけられた質問に、少し苦い顔をしながら俺は答える
「あ~…くずし字ですかぁ、一応は読めます…ただ子供の頃に教わったっきりなので十全に読めるかと言われたら辛いかなぁ、
でもまぁ解らない文書が出てきたら知り合いの専門家に聞く事も出来ますし平気だとは思いますよ」
「幼少期にくずし字を?それは現代では随分と稀有な事柄なのでは?」
「どうなんですかね、今は古書の売買を専門にしてる知り合いの姉貴分が居るんですが、その人が子供時代の俺に言ってたのが…
たかだか150年ぐらい前に使われてた自分の国の文字が読めないとか、そんな馬鹿な話は無い…あってたまるものか、
そこに過去とか現代とかの境界線を設ける事こそが愚者の発想、君は恥知らずな馬鹿のままでも良いのかい?
と、読めて当然みたいな感じで俺に読み書きを教えてくれましたので、だから俺にとっては別に皆もやってるんだろうなぁ…程度に考える普通の事でしたね」
「それはそれは、正鵠を得た本当に素晴らしい教えですね…お客様が姉貴分と仰られる女性は、さぞや素敵な女性なのでしょう」
「あっはは…どうっすかねぇ…本人曰く産まれた瞬間からの古書狂いらしいっすけど…、古書と言えば店主さんがお持ちになられたその本は?」
流石に目の前にいる美しい女性店主に、そうですね子供時代の初恋の女性です…なんて恥ずかしい事が言えるわけも無く
今考えれば古書狂いと言うか日頃の言動があの人は色々とぶっ飛びすぎな気もする、あの人の話は長くなるし色々と気恥ずかしいので
話の矛先を変えるためにも、店主さんが持ってきた古本について、これが先程店主さんが言ってたセットの片割れか…と思いながらも質問をしてみた、
「この本は花唄長樂日誌と申します、
作者は京谷亭高齋(きょうやてい こうさい)と言う名で幕末時代から明治中期まで活動していた、知る人ぞ知ると言いますか
…正直な話、大衆には然程認知されないまま消えて行った物書きが、各地の不可思議な事件とか伝説や口伝を独自に収集し記録した本ですわ」
そう言いながら俺に簪と本をセットで手渡し
「今回は、こちらの本と簪のセットで一万五千円となりますが、よろしいでしょうか?」
そう聞かれ
「じゃぁこれでお願いします」
と、バイト生活を送っている自分にとっては、結構なお値段を要求されたが、
それでも明治時代に出版された本と、その本と同時代から存在してた素敵な簪のセットなら個人的には安いと思うので悩むこと無く即答してしまった、
いや…一瞬だけ「妹に怒られるかもしれん」と言う不安も脳裏によぎったが背後に憑いてるの女性の事とか、
そもそも骨董好きの欲求には勝てなかったのでその場で支払いを済ませてしまう
宮藤家自宅 13時40分
「って事で購入したのが此方の簪になります」
そう言いながら机に仕舞い込んだ一冊の本と桐の箱にしまわれた簪を妹の目の前に持っていく
それを一瞥して俺の背後に目を向け、そして呆れた様な視線を俺に向けながら
「まぁ言いたいことは色々と有るんだけど、そもそもその血濡れた女性ってのは何処に居るの?
私には満面の笑顔を浮かべながらお兄ちゃんの後ろにフワフワ浮いてる派手で妙に色っぽい…お姫様?みたいな人だけなんだけど?」
と俺が意図的に説明を流してた箇所をピンポイントで突いてきた
「あぁ…それはその、店から出た後に…
『その後の話はわちきが説明しなんす』
「うん…お姉さん、お願いしま…うひゃぁぁぁお兄ちゃんに憑いてる幽霊が喋ったぁぁぁぁぁ!」
俺の言葉に巴さんが言葉を重ねてしゃべり始め、その声を聴いた妹は驚きでひっくり返っていた。