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夕闇骨董シリーズ 一章:首穴屋敷と幽霊骨董店 4話「その店は幽世の入口みたいで」(後編)
「此の世は不思議な事で満ち溢れていらっしゃいますのよ?」
店内で
チリンッ
…と鈴の音が静かに鳴った
不思議な事に満ち溢れてる?
不思議な事…そんなもの
眼前に鎮座する古い歴史に彩られた品物が語り掛けてくるのは普通の事だ
だから日常的にその声を無視する事を幼い頃から黒倉の大将に学んだ
夕暮れの道を歩いていたら片足を失った軍人さんや頭から血を流す老人と日常的にすれ違う
それだって、人間の存在の残滓、その土地の記憶
そんな物は有って当然、誰だって目にする普通の事だ…この店に至るまでの道程にだって…
ほら、俺の後ろに悲しそうに寂しそうに何かを悔やむ瞳をした血に濡れた着物の女性が憑いてるじゃないか
それらの危険から身を守る術だって、
そんなものは、教養の一部だ
あの時は…確か
地域の盆踊りの帰り道、盆踊り会場から友人と一緒に帰っていた筈なのに
気が付いたら俺の周りには誰もいなかった…一緒に歩いてた友人は?
あの子は何処に消えたんだ?
…いや
俺は本当に友人と一緒に盆踊りに行ったのか?
あの日は妹と優華と一緒に盆踊りに行くはずだった、でも優華は突然熱を出してしまって
妹は「兄ちゃん、私お外怖い!」って愚図って、俺は折角の盆踊りなのに遊びに行きたがらないなんて意味が解らなくて
会場に行けば学校の友達に会えるだろうと思った俺は一人で盆踊りの会場に向かったんだった
そこで出会った、あの終始ニヤニヤした表情のあの子は誰だったんだっけ
いつのまにか一緒に踊ってて、帰り道を一緒に歩いてたのに…振り向いたら…消えていた
急に消えた友人が心配になった俺は帰りの一本道を焦って探し回った
そして気が付いたら口を血で染めた女性が目の前に立っていた、その女性は表情は終始ニヤニヤしてた
あの子の面影が有るような…人を喰らった様なニヤニヤ顔だった
その女性が何かブツブツと呟きながら急に俺の首を絞めてきたんだ…
子供の俺には大人の女性に抵抗する力なんて勿論無かった
絶望しながら子供心に死を覚悟した
そんな時に助けてくれたのが大将の娘さん
その大将の娘さん蔵国 清子(くらくに きよこ)さんから教わった
「藤吉ちゃん、別に幽霊なんて怖がらなくても良いのよ?
夏になればクワガタやカブトムシが出てくるでしょ?お盆なんてあの世と此の世の境界が薄れる日なんだから、
幽霊に出くわす事なんて当然の事なのよ、皆それに気が付いてるけど気が付いて無い振りをしてるだけ、
今夜の盆踊り会場には沢山の大人が居たでしょ?あの大人に幽霊の大人が混ざってたら藤吉ちゃんは幽霊って気が付ける?態々探す?
そう彼等の存在なんて普通の事なのよ、でも中には悪意をもって襲い掛かってくる輩も居るの、それだって人間と同じよね?学校にも喧嘩っ早い子って居るでしょ?
だから藤吉ちゃんも強くなろうね、君はお兄ちゃんなんだから幽霊に負けないぐらい強くなって妹ちゃんを守らないとね」
だからこそ学び術を身に着けた…妹や友人を守るため
こんなのは誰でも経験してる事なんだ
誰にでも良くある日常…だからこそ教わった事以外のやりとりは特段記憶に残ってる事も無く、
だからこそ不思議な事なんて何一つ
「お客様、貴方様は自分の日常が平穏で平凡な事を前提に世界を俯瞰されておられます、
しかし、その世界は途轍もなく歪で自己矛盾を孕んでおられますわ
本当に聞こえない物を聞き取る事や見えざる幽世の住人を見る事は、
そのどちらもを両立さてるお客様の其の力が、嘘偽り無く平凡で普通の事だと思っていらっしゃられますか?」
「俺の、ちから…ですか?」
店主の言葉と急激に溢れ出した記憶の情報量が俺の思考を奪っていく
それでもこの胡散臭くて不気味な店から退店し逃げると言う選択肢を取る事が出来ない、
まるで何かの術中に嵌ったかの様に店主で有る彼女から発せられる美しさと妖艶さから目が離せない
頭に霞がかかったかの様に、
思考が酷く
ぼうっとする
「えぇ、お客様の力は人工宝石の山に一粒だけ隠された天然の宝石の様に、どう考えても人為的に…そして精巧に隠されておりますわ」
「…アッハハ、隠された力ですか、それは随分と夢が有る話ですね」
「あら、別に夢では御座いませんわ…これは現世のお話ですもの
お客様の目を通して見たこの世界は、随分と色鮮やかに此の世の不思議を映していらっしゃるのでは」
「何を言ってるんですか?別に不思議な事なんて、そもそも俺には何一つ身に覚えが」
「お客様、先ほどから気になっていましたが…」
俺が生活している日常は至って平凡で平穏なのだと店主の言葉を否定しようとした時に
店主の言葉が致命的に差し込まれた…
「お客様の背中に抱き憑いてるその女性…ずいぶんと立派な御召物を血で染めていらっしゃいますが、
その女性とは何処でお会いになられましたか?」
此の世は不思議に満ち溢れてる…
先程まで日常的に良く有る事だと
日常的に使われる生活道具の如く当たり前な存在
故に希薄だった存在感
俺の背後に密着してる血に濡れた着物姿で凡そ生者とは掛け離れた質感を持つ女性
そんな女性が急激に質量を持ち始めた
今までは、見えてるのに日常的な物だと胡麻化して目を背けてきた
聞こえてる来る声は、良くある日常のノイズだと聞き流した
全ては日常を守るために…平穏の殻で自分を覆って自分自身を守るため
一体何から守るために俺はここまで平凡な日常を偽装してたんだったのかを思い出した
それは理不尽な非日常…怪異の振り撒く非日常に比べたら人間の力なんてちっぽけな存在
だから俺は理不尽に抗う事を諦めて日常に逃避したんだ
「お客様は日常を守るために今まで怪異から目を背けていらっしゃった…」
「…そんな事は」
「私は別にお客様を責めているのではありません、それに平穏な日常を過ごす、それは素晴らしい事じゃございませんか?」
「いや、俺はただ理不尽な非日常に関わりたくなくて」
「そうですわね、その様な胡散臭くて厄介で怖い事、本来なら誰も関わりたく御座いませんわ…でも残念ながらお客様は道に迷い幽刻庵に導かれてしまった」
胡乱な言葉のやり取りと、自分が逃げた筈の何かに今この時を持って囚われてしまったと言う自覚と心の焦りが俺を少しだけ焦燥感に駆り立てた
「だから、それに何の意味が有ると言うのですか?俺がここに来店した事に貴女は非日常的な意味が有ると言いたいのですか」
「残念ながら仰る通りで御座います、お客様は後日穴塚市が襲われる怪異の惨劇にて被害を被り心体共に甚大な被害を被る恐れがございます、
しかし今回襲われる怪異を解決出来る可能性と縁を秘めていらっしゃるのもまたお客様なのです」
本来ならば誇大妄想か絵空事…オカルト系動画の見過ぎだろ?と言いたい所だが、
既に今の自分の立ち位置そのものが怪異に包まれてると俺は自覚した…否させられた
だから穴塚で怪異による惨劇は起きるのだろう
そこで一般人として生活してる俺は被害者として甚大な被害を被る
それは周囲の人間…友人や知人、そして妹にも被害が出る可能性が有ると言う事だ
俺はそれが許容出来ない、幼少期から心が折れて日常へ逃避するまでの期間、
その決して短くない期間で自分に課してきた信念
それは日常を守るためなら俺はこの身を非日常へ投げ捨てる覚悟だった…気がする
何でそんな覚悟を持ったのか、何故そんな子供っぽさの中に強い自己犠牲の信念を抱いて…そして何でそんな俺の心が折れたのか
すっかり忘れてるけど
それでも俺は謎の高揚感に襲われていた、
失った何かが取り戻せる、何からかは思い出せないがそれは忘れた事への贖罪なのかもしれない…
それにしても怪異の惨劇か…正直な話、幽霊の姿や声を認識出来るだけの、言い換えれば霊感たこ焼き屋の兄ちゃんが何とか出来る事柄では無いような…
ん~、子供時代に何か清子姉さんに習った記憶は有るし、それを誉められた記憶も有るんだが
如何せん子供時代の初恋相手で有る清子姉さんから褒められたってので舞い上がった記憶しか無い
思春期の少年の記憶なんてそんな物ぞ…しかしそうなればその怪異とやらを解決する方法が思い浮かばない
怪異と戦う?いやいや御冗談を、そんなアニメの様な冒険活劇を求められてもね、
そもそも俺の職業は陰陽師でも呪術師でも無く、たこ焼き屋のアルバイトなんだ…そう我ただのバイトぞ
たこ焼き屋の兄ちゃんに出来る事と言えば、たこ焼きを作る事と呼び込みぐらいなもんだ
そこで今までの店主との会話を思い出し、この店に誘われた原因を思い出す
「そうだ…俺をここまで誘った商品」
思わず口から出た言葉に店主は美しい顔を更に美しい微笑みを浮かべながら言葉を返す
「漸くそこまで行きつきましたかお客様、その通りで御座います
後日お客様が巻き込まれる惨劇を解決すべく当店の商品がお客様を見初め迷わせ
そしてここまで誘ったので御座いますわ」
日常と非日常
常識と非常識
現世と幽世
希望と絶望
相反する存在の歯車達が自分の頭の中で嵌った音がした