「甘くないのがお好き?」――資源活用事業#03
植戸万典(うえと かずのり)です。皆さんの職場は白いですか?黒いですか?
残念ながら世の中には理不尽が至るところに転がっています。テレワークになっても人間関係は儘ならないままだというお仕事の方もたくさんいらっしゃることでしょう。あまり思い詰められませんよう。
「自分が主役の人生(ドラマ)ぐらいは 楽しまなくちゃもったいないわ」(林原めぐみ『Just be conscious』より)です。
第3回となる過去のお仕事再利用企画は、平成31年2月11日付『神社新報』の「杜に想ふ」欄に寄せたコラム「甘くないのがお好き?」です。
例によって元はオピニオンにあたるので毒っ気強め。また原文は「歴史的仮名遣ひ」ですが、読み易さを考えて現代仮名遣いに改めています。
コラム「甘くないのがお好き?」
世界は誰かの仕事でできている。缶コーヒー会社の回し者ではないが、胸のすくコピーだ。もっとも、世界を動かしているのは政治家ではなく通訳だ、という諧謔を耳にしたときの痛快さも、これに比肩すると思う。
文筆業のような水物商売もだが、縁の下で高い技能を求められる職も正当な評価が得られ難い。知人の翻訳家に聞いても、政治や軍事、医療、宗教などの専門分野の通訳ともなればとても信じられない苦労話が次々と出てくるが、顧みられることは殆どないらしい。成果までの背景が見えづらい職業は、一種のブラックボックスなのだ。この原稿の校正もそうでしょう、いつもお世話になっております。
ブラック繋がりで言えば、新語・流行語とされた「ブラック企業」という言葉も、今や随分と市民権を得た。劣悪な、時に違法な労働環境を強いる様を「ブラック」と端的に表現したところに、本来は残念なことだが、世の労働者の共感を得る妙味があったのだろう。
とはいえ、世の中が理不尽なのは昔から変わりはしない。例えば平安初期の貴族・小野篁は、才走った人物として有名だが、彼もパワーハラスメントの被害者だった。
仁明帝の御代、遣唐副使に任ぜられた小野篁だが、大使が乗る予定の船が損傷により漏水したため、彼の乗る船と取り換えられてしまった。遣唐使船は「四つの船」とも言われたとおり使節の四等官が分乗したが、そこにはどうやらリスク分散の意味もあった。当時の外洋航海は遭難も珍しくない。ただでさえ危険な唐への航路、明らかに危ない船を押し付けられた篁卿は朝廷へ抗議のうえ乗船拒否し、免官流罪に処せられる。さながら「ブラック朝廷」とでも言おうか。軍人のように極論死すら命ぜられ得る役目でもなし、部下も率いていた卿の反発は至極当然だろう。
しかしそこは無双の才人、その能力が惜しまれ二年後には赦された。篁卿は夜に閻魔王にも仕えたと噂されたが、その本務は晩年まで閻魔庁に移されることなく、最後は参議として朝政に与る。
篁卿はいささか特殊だが、現代でもそうしたブラックな環境が少なくない人を病ませていることは確かだ。マネジメントの問題でもあるが、なかなか解決の難しい日本の宿痾だ。
ただ、非難されるべき第一は組織の長であることに違いないが、一方で我々も消費者の立場で「お客様」となり、相手にブラックな会社体質となることを強いてはいまいか、自省も大切だろう。無理難題でもプロならできて当然だと要求する様は見るに堪えない。それこそ通訳に限らず、校正に限らず、内実を知らないなりにプロフェッショナルへの敬意は欠きたくない。
いずれにせよ、ブラックはコーヒーくらいで願いたいものだ。
(ライター・史学徒)
※『神社新報』(平成31年2月11日号)より
誤字脱字あれば温かい目で見守ってやって下さい。
「甘くないのがお好き?」のオーディオコメンタリーめいたもの
オチのためだけにその他があるようなコラムになっていますが、自分はダブルミーニング的にこういうことをよくやっているので、今後も出てくると思います。予告です。
小野篁のような尖った才人が好きなのですが、恐らく当時の卿に対する各人の評価は好悪はっきりわかれていただろうなと想像しています。気の合う人はとことん気が合うし友達もいるけど、嫌う人は徹底的に嫌う。
ただ、閻魔さまを味方につけていたのは大きかったかもしれません。
社会生活を送っていると、誰しも人間関係でMPの削られるような気分になることがたまによくあると思います。
『機動警察パトレイバー』に登場する後藤隊長のセリフ「みんなで幸せになろうよ」が、作中の文脈とかは抜きにして結構好みで、きっと皆それに近いことを願っているはずだと思うのですけどね。でも、その「みんな幸せ」の解釈がそれぞれ違うのかな、と感じる場面に、割と出くわす気がします。
それぞれが半歩ずつでも相手を慮れれば良いんですけど、難しいです。これは自戒も込めて。
コラムのオチではないですが、苦味と酸味を楽しむのはコーヒーくらいが丁度いい。
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