ぼくのBL 第三十二回
自分で自分に驚いています。
あなたが紹介してくれたこの本。
ミステリばかり読んでいるぼくが、初めて読了した創元推理文庫の灰色背表紙なんだ。
説明が必要だよね。
創元推理文庫は背表紙が色で分けられていて、淡いパステルカラー(オレンジとかピンクとか水色とか)がミステリ系、明るい灰色がファンタジー系に区別されているんだ。日本人作家のミステリは黄色だったりする。
で、ぼくが持ってたり読んでいたりするのはもっぱらパステルカラーだったり黄色だったりするんだけど、灰色だって持っていないわけじゃない。
たとえばジョナサン・キャロルの『死者の書』をはじめとした作品群だったり、リチャード・マシスン『奇跡の輝き』だったり、ポール・ギャリコの『トマシーナ』だったり。
そう、持っていないわけじゃないんだ。
ただ、なんとなく……灰色背にコンプレックスというかハードルの高さというか、自分の心が勝手に障壁をつくっていたような気がする。
というのも、ミステリオタのぼくが、そっちの世界に足を踏み入れていいんでしょうかね、どうにも門外漢なんもんで、なんにも分からなくって迷惑かけちゃいませんかね? という一種卑屈にも思える勝手な理屈。
正直いえば、リアリティのない世界観に入っていける自信がなかったのかもしれない。
そろそろ本書の話題に移ろう。
はじめにあらすじを。
出た!
聞いたことない賞が。
ゴールドダガー賞、エドガー賞、MWA賞、江戸川乱歩賞、直木賞、山田風太郎賞、生島次郎賞、山本周五郎賞、そんなミステリ絡みの賞の名前ならいっぱい知ってるけど、あらすじに書いてある賞の名前を、ぼくは知らない。お恥ずかしいことに。
ま、そんな些事はいいんです。
読み始めると、イラストを大胆に使ったページレイアウトに度肝を抜かれました。
見開きでイラストドーン! ならわかる。
でも、文字の印刷してあるページにイラストが浸食してきてて、場所によっては黒っぽいイラストのページには白抜きの文字が印刷されていたりして、まずそこからして面白い。
編集さんは大変だったろうなぁ、と要らぬ心配もしてしまったけれど。
そしてここからは【ネタバレ注意】になりますので、読みたいけれど未読だよ、アタイは予備知識なしで楽しみたいのよね、という方はこの先は立ち入らない方が無難かと思われます。かなり深く突っ込みますので。
警告はしましたよ。
それではいきます。
タイトルのページ、そして次の見開きにかけて、ダークファンタジーのような暗く息苦しいようなイラストが鎮座している。見開きには題名にある『怪物』と思しき黒い影が。
おおー、導入部分最高じゃないっすか!
そして、本書が合作であることが説明される。
亡くなったシヴォーン・ダウドの残した原案を元に、パトリック・ネスが肉付けをして書き上げた作品であるということ。
これは(未読だけれど)『屍者の帝国』の伊藤計劃と円城塔のような、あるいは『邪馬台』『天鬼越』の北森鴻と浅野里沙子のようなタイプの合作ですね。
書き出し。
これですよ。ダークファンタジーはこうでなくちゃ!
そしてすぐに、この怪物というのが主人公の少年の悪夢の中に現れる存在だという描写がある。
ここから先の展開は読んでいただいたほうがよろしいかと思うのですが、稿を進めるにあたって骨子だけは明示しておきたいので、エッセンスだけ説明しておきますね。
少年の夢に現れる怪物は、庭の裏手の丘に生えているイチイの木の化け物なのです。
巨大なその怪物は、自分を呼んだのは主人公だと言う。心当たりのない主人公は、いつ捻り潰されるかもしれない恐怖と戦いながらも、怪物に食ってかかります。
怪物は「お前に3つの物語を聞かせるために来た」と言う。主人公は「そんな話には興味ない」とつっぱねる。
そんな会話の応酬を重ねるうち、主人公は怪物に対して親近感を覚えます。
怪物は続けます。「4つめの物語は、お前自身の話を聞かせろ」と。
3つの話は寓話のようなものでしたが、どれも主人公にとっては理不尽な結末でした。この話のどこに教訓があるんだ、ぼくはもっと大変な現実に向き合っているんだから、お前の相手をしている暇なんかないんだ、というような状況です。
現実は残酷です。
母との二人暮らしをしている主人公ですが、学校ではいじめに遭っていること、母の体調が悪いらしく、母の代わりに主人公を世話するため祖母(母のお母さん)が家に来る予定になっていること、などが主人公の一人称視点で説明されます。
徐々に明かされてくるのは、母が不治の病で徐々に体調を悪化させていること、両親は離婚し、父は別の女とのあいだに子供を設け、外国に住んでいることなど、少年にとっては救いのない現実です。
本書は常に重い雰囲気をまとい続けます。時には息苦しくなるほどに。
【ここからが最大のネタバレ】
主人公は「自分には語るべき物語などない」と思っていますが、やはりそれが本書のキモになります。
本文中に何度も描写される主人公の悪夢。
何かから手を放してしまい、うなされて起きることになる夢です。
第3の物語が終わり、物語は(現実世界も)急スピードで進みはじめます。
母の病状がとても悪くなり、ついには授業中に呼び出しがあって母の入院する病院へ、嫌いなおばあちゃんと行くことになります。
常に母の快復を願ってきた主人公ですが、怪物に「真実を話せ!」と詰め寄られたとき、心にずっと隠してきた本当の気持ちを吐露します。
まあ、ここで語るべきことではないし、もしここまで読んで読書欲がそそられた時に備えて、最大のネタバレは控えておきましょう。
本書のテーマは「近親者の死」だと思います。とても重いです。
ぼく自身、すでに両親との別れを経験しています。
どちらも病気でした。
ゴールの見えない(というか、「死」というゴールは見えているものの、そこまでの過程や日程がわからない)不安というのは、少なからず精神を蝕むものです。
ましてや主人公の置かれた環境というのは、母を除くと、恐ろしい祖母、自分を捨てて外国に行ってしまった父、学校にいるいじめっ子、母に対する流言が原因で仲違いしてしまった幼馴染、という最悪な人間関係。
母がいなくなったあとの世界でどう生きていけばいいのか、母の命を救う手立てはないのか、様々な感情が主人公に襲い掛かります。
心の奥に秘めていた感情を吐き出した主人公は、自分の中の矛盾した感情にひどく困惑し、自分を責めます。そこで怪物が言います。
怪物が口にする物語を読んできた読者なら、本書のラストがどういう方向に行くのか想像することは難くないと思います。
しかし、ラストのその先にほのかな明かりを暗示して物語は幕を閉じます。
絶望の中に希望を見出すことは、誰にだって可能だというメッセージ。
とても美しくて、そして強い。
いい物語でした。
紹介してくれて、ありがとう。