その資産は本当に資産として相応しい?費用化の意味と「のれん」について考えてみよう。
財務会計論で使っている講義用の資料からの転載です。一部手直ししながら載せておきます。
今回のポイント:
・資産性と償却(費用化)の意味を考えよう。
・「のれん」の会計処理を巡る考え方の違いを理解しよう。
1. その資産は本当に資産として相応しい?
資産とは企業が支配し、便益を享受できる経済的資源です(概念フレームワークを確認しましょう)。しかしながら、貸借対照表の項目においては、「これは資産と言えるのか?」というものがいくつか存在しています(その事について今後触れていきます)。
資産性(資産として妥当な性質を有しているか)の議論では、定義に含まれていた「支配」「便益」の他に「他者への移転可能性」も問われることがあります。例えば、売掛金・受取手形(売上債権)は、他者へ移転することは可能ですが、移転出来ず、資産としての実態もない前払費用は資産と言えるでしょうか。繰延税金資産なども同様のことがいえます。実際には「他者への移転可能性」がない資産についても費用性資産として計上されています。費用性資産は、期間損益計算、つまり費用と収益とが対応するように一定期間で費用として償却される資産です。これには、他者への移転可能性もある建物などの固定資産も含まれます。資産性から疑問視されるものも、期間損益計算の観点から資産として計上されています。
2. 費用化の意味を考えてみよう
減損のプロセスでは、固定資産に対して、使用価値、正味売却可能価額のいずれか高い方の価値を回収可能価額とします。企業が事業活動の中で経済的便益を得る目的で使われる固定資産については多くの場合、使用価値の方が高いことが想定されます(そうでないと資産を保有し続けられない)。資産の利用(使用)を通じて便益(キャッシュフロー)を得ておきます。それは収益としてP/Lに計上されていきます。工場などの有形固定資産は耐用年数があり劣化していきます。その価値減少は償却という形で費用としてP/Lに計上されていきます。
耐用年数のある固定資産は、リプレイス(取り換え)する必要があります。減価償却の会計処理で原則となっている間接法では、帳簿価額だけではなく、取得原価ならびに減価償却累計額も記録します。これは資産の状況を把握することに繋がります。費用化されていく償却期間と借入金等による資金調達期間とを合わせていくことで、円滑な資金管理を行うことも可能になります。つまり、次期以降の設備投資に必要な資金についても考えることに繋がるということです。資産の費用化は、次期の設備投資計画、資金回収の側面があります。
3. 「のれん」計上の意味を考えてみよう
ここで「のれん」の意味について考えてみましょう。「のれん」は買収価額と買収企業の純資産時価の差額であり、買収プレミアムです。企業の合併・買収の基準を定めている企業結合会計では、買収企業が保有している識別可能な無形資産(自社内で開発された特許権、商標権など)も認識し、「のれん」計上額からは除きます。製薬メーカーなどの価値の高い特許権を保有するケースを除けば、合併・買収は、相手先企業の事業と自社の事業とを組み合わせることで発生するシナジー(相乗)効果を期待して行われます。
事業戦略上、シナジー効果を期待して多額の買収プレミアムを払ってでも企業を買収したいという動機づけはしばしば起こりえます。M&Aの大成功例として挙げられるのは、GoogleがYouTubeを2005年に16億5000万ドルで買収したことでしょう。当時、YouTubeは収益も上げていない状態だったのですが、その企業を自社の検索サービスと組み合わせることでシナジー効果を生み出すことができると考えたわけです。同じような事例としては、FacebookによるInstagramの買収(2012年)もあります。
そのシナジー効果が「のれん」として現れていると捉えれば、「のれん」を資産として計上し、M&Aの成否を判断するということは妥当とも考えられます。ただし、ステークホルダー(投資家)サイドからみて、こうした分かりやすい事例ばかりではありません。多くのケースでは、シナジー効果が見えにくく、適切に減損されていないのではないかという疑惑があります。
経営者サイドから考えてみましょう。シナジー効果が発現するまでには業種によっては相当程度時間を要します。なので、『適切に減損されていない』と評価されても困ると考えます。
直近の事例で、評価が定まっていないのは、ニトリによる島忠の買収があるでしょう。ホームセンターを展開する島忠を2020年に、当時先行してM&Aの交渉していたDCMホールディングスを割って入る形で、TOB(株式公開買い付け)を行い、ニトリが買収しました。何と、買収プレミアム91.10%!(1株2,878円に対して5,500円!)で買収を成立させました。現在(2022年6月末時点)、ニトリの業績は比較的堅調にも関わらず株価は低迷してます。多額のプレミアムを払ったことを不安視し、市場がニトリの株価を低く評価していると推測されます。
この買収は失敗だったのでしょうか?答えとしてはまだ分かりません。シナジー効果が発現するまでは時間が掛かる場合もあるので、失敗だと判断するにはもう少し時間が必要でしょう。シナジー効果が発現するまでに時間が掛かった事例として、米国ウォルトディズニー社(ディズニー)があります。ディズニーは2006年以降、ピクサー、マーベル、ルーカス、そして21世紀フォックスなどを次々と買収しました。こうした買収が、総合メディア、エンターテイメント、配信事業を兼ね備えた企業へと変化させていき、2012年以降、株式価値を徐々に増加させていきました。2020年後半からコロナ禍の影響でテーマパーク事業が停止になる中でも、配信サービス・ディズニー+を開始し、加入者数を急速に伸ばし、利益を維持し、株価も急上昇しました。買収を行った当時、多額の資金を使っていると批判されましたが、結果的にこれらの買収が功を奏したわけです。
ただ、一旦成功したにみえたディズニー+事業も現在では加入者が伸び悩み(ネットフリックスと同様)、ディズニーの株価も再び低迷しています(ただ、再び増加傾向にあるようです)。持続的な企業価値の向上が如何に難しいか分かります。だからこそ、企業のファンダメンタルズを分析して、企業の真の事業価値を見極めなければならないわけです(企業価値を絡めた分析は後期の経営分析のテーマです)。
4. IFRS・U.S.GAAP、日本基準の問題点
IFRS・U.S.GAAPは「のれん」を償却が必要な資産、つまり費用性資産とは捉えていません。一方で、日本基準では「のれん」を償却が必要な費用性資産として捉えています。「のれん」の会計処理について考えることは、「のれん」を含めた資産の性質をどのように考えるべきかという哲学的な問題といえるかもしれません。ともあれ、企業成果の予測と企業価値の評価に役立つ情報を提供するのが財務報告の目的です。現行の基準がその妨げになっているとすれば改善する必要があります。
今、IASBでは「のれん」を償却するか否かが再度話し合われています。採決は今年の秋ごろに行われるようで、その行方が注目されています。実は、「のれん」を巡る議論は、何度も再燃し、その都度検討されています。M&Aを積極的に行うIFRS適用企業では、資産に占める「のれん」の割合が積みあがり(40%を超えることも)、減損が適切に行われていないと言われています。IFRS、U.S.GAAPでは事業再編や買収企業の経営不振、不祥事などの決定的な事象がない限り、企業は減損を遅らせる動機が高くなる傾向にあります。
日本基準には問題はないのでしょうか。日本基準は、償却と減損を組み合わせて「のれん」を最終的に0にしていきます。企業業績が悪化した時点において、未償却分を減損することで費用を一括で計上する動機が生まれることがあります。2017年3月期(2016年度)に日本郵政グループは買収したトール社の4,000億円の減損損失を計上し、2015年度にトール社を6,200億円で買収し、2016年度に早くも4,000億円相当ののれんを計上したわけです。西室社長(故人)から、長門社長(現在は増田社長)へと社長が交代した2016年度にこの減損は行われました。経営を引き継ぐ際に、負の遺産を清算しようしたのではないかという形にも見えます。一括して費用計上すれば、翌期以降の利益は押し上げられます。日本基準は最終的に「のれん」を全て償却して0にするので、そうした動機づけが高くなってしまうかもしれません。
改めて考えてみよう!
では、こうしたことを踏まえて、「のれん」は日本基準のように、償却と減損の組み合わせで処理していくべきでしょうか。それともIFRS・U.S.GAAPのように減損のみで処理していくべきでしょうか。どちらが適切な会計処理と考えるべきでしょうか?また、どちらの基準にも問題があるとすれば、その改善案として考えられることはなんでしょうか?
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*加入者数は再び増加傾向にあるようですね。