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ポーチと腕時計
3年前の今頃は、こんな日曜日が待っているとは思ってもいなかった。
ゆっくり目覚め、
のんびりと大好きな紅茶を飲み、
遅くなってしまった母の誕生日祝いで、ランチに出かける。
ランチ中に、叔父が亡くなった事を知らされ驚きながらも、
私が以前プレゼントした時計の電池交換に行きたい、と言う母に付き添う。
そこで、見つけた「電池交換要らず」のソーラー腕時計。
「これなら電池交換はいらないよ」
と言うと、「これが見やすい」と指差した腕時計は、
びっくりするほど安いけど、「欲しいならプレゼントするよ」と言うと、
喜んでいる。
プレゼント包装にしてもらって渡し、その後は誕生日ケーキがわりにカフェへ。
目についた桃のケーキを早速注文し食べる母。
母に何度も繰り返し言われてきた、子育て論を相談された卒業生に言った話をすると。
全く知らない卒業生のことを、自分のことのように喜んでいる。
「あなたは本当に良いことしたねー」
と言われ、「この話をしたら、きっと母が喜ぶに違いない」と思ったことが当たったな、と思った。
バス停で別れた母の後ろ姿を、姿が見えなくなるまで見送る。
その後ろ姿は、本当に小さくなり、悲しくなる。
私が見送っている事を知っている母は、三度振り返って、そのたびに母とお互いに手を振る。
その帰りにたち寄ったデパートで、古くなった化粧ポーチの代わりを見つけた。
買うことを決めた直後、娘にもプレゼントしよう、と私と色違いのポーチを買った。
私の母と娘。
それぞれにプレゼントをした1日になった。
プレゼントできる人が存在していることに、感謝しながら。
帰宅後、すぐに仕事をしようと思ったけど、昨日買ったばかりの野菜を料理したくなった。
新鮮なレタス3玉60円。
新鮮なカボチャ半分で60円。
そんな市場の近くに住んでいる。
レタスと油揚げとエノキのクリーム煮。
バターにガーリックパウダーを入れて炒め煮にしたもの。
カボチャの3分の2を茹でて、皮を外し、潰してパンプキンスープにした。
塩胡椒と、少しのガーリックパウダーだけで味付け。絶品。
残ったカボチャは、醤油で炊いた。
そしてレタスをふんだんに入れた、レタスチャーハン。
出来上がった新鮮な野菜による、お手製の夕食は、自分で言うのも何だけど、
本当に美味しかった。
そして、眠くなったので、「ちょっと寝よう」と、クーラーもつけず、扇風機だけで遅いお昼寝。
3年前なら、日曜日でもこの時期は朝から晩まで授業をしていたな。
1年前でも、自分の欲望よりも、仕事を優先していたな。
と、不思議な気持ちになる。
あの時はあの時で、それが私にとって必要な、幸せな時間だったのだろう。
ただ、今は、何でもない1日の中に幸せがあると知っている。
大好きな人たちに喜んでもらって、喜んで欲しい人がそばにいてくれることを当たり前だなんて、思えない。
まさに「ありがたい」ことであり、ありがたいことに感謝をすることで、幸せを感じられるという、不思議な幸せのループに今、私はいる。
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