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 短編小説「視点」 第3章 「観察力」


中堅客室乗務員の梨花は、初めて佐藤 鈴とフライトした。普段は後輩たちに怖がられがちな梨花に、なぜか鈴がなついてくる。
フライト終わりに行ったホテルのテイールームで見た接客で、思わぬ「学びの時間」が訪れた。

*****

鈴が、「あっ」と、パッと突然カメラを向けられた芸能人のように、表情が一変した。

「わかりました!」

「言ってみて。多分当たってるでしょ」
「いや、勝手にハードル上げないでくださいよ」
と、鈴は苦笑いをする。

「多分ですけど」
「うん」
「このカップを置いたとき」
「うん、いいね」
「取っ手が右手に来るように置いてくれた!!」

「おーそうだね。確かに私たちが右利きだと気付いていたとしたら、
右側に取っ手が来るように置いてくれたのは、正解だよね」

「そうか・・左利きってことも考えられますよね」

「うん、私たちが入店してから、右利きだとはっきりわかるような動作は多分してないかな。椅子も動かす必要がない位置にセットしてくれていたし、あるとしたらメニューを開くときに右手で開いたのを見ていたら、それは考えられたサービス、そのお客様に合ったサービスを実施したことになるよね」

「そこまで見ていたのか・・・」

「いや、それはわからないんだけど、左利きの人も少数だけどいる、ってことは私たちもミールやドリンクをお配りするときに、気をつけていないといけないことだよね」

「ちゃんと観察してなきゃいけない、って先輩方がいつもいつもおっしゃるのは
そういう意味ですか・・・」

「そうなんだよね。私も新人の頃は、どこまで観察すればいいんだ!って心の中で思ってたけど、結局「完全にお客様視点で、注意深く観察する」ってことを意識してれば、そのアンテナに引っかかってくるようになる。
今まで気づかなかったことに気づくようになる。そうして、サービス力って鍛えることができると思ってるよ。
 こんなところに来ると、サービスを受ける側に回れるから、自分がサービスをしている時には気づかないことに気づけるから、好きなんだよね」

「え、でも疲れませんか?仕事終わっても仕事してるみたいで」

「え、でもあなたさっき言いましたよね?なんか、楽しいって」

「確かに。今考えてても楽しかった・・・」

「楽しいと思えることを、仕事にできてるって、幸せだと思わない?
強制じゃないよ、って私も言ったでしょ?もちろん、仕事とプライベートを分けるという考えもわかるし、その方がいい人はそれでもいいと思う。でも、単純に私はこれが楽しいんです」

なぜか、最後は敬語になっていた。

「ちょっと悔しいけど、なんかわかる気がします」

「まあ、無理はしないで」

「いや、そう言われると絶対に見つけたくなる」

「ああ、負けず嫌いなんだね」

「えー、母からもいつも言われるんです」

「負けず嫌いな人は、仕事ができるようになる大事な資質を備えてるってことだよ。男性にモテるかどうかは、別だけど」

「ははは」
「えーやっぱり」

梨花は笑い、鈴は納得している。

「まあ、その話は置いといて。私が思った二つを言うね」

「はい」

「さっきから私たち自分の飲み物を飲んでるけど、あなたも私も、一度でもこのカップの位置をソーサー(お皿)ごと動かした?一度も動かしてないですよね。
あの女性が置いていったそのままの位置で、ちょうどいい。
つまりこのテーブルのどこに置いたら、私とあなたが一番飲みやすいか、を考えてると思うよ」

「確かに。普通の持ってきてくれる形式のカフェだと、少し遠かったり、少し近かったり、少し斜め横だったりして、結局自分が一番取りやすい位置に移動させてるかも」

「そこが、すごいって思ったの」

「はあ・・・私は全く無意識だった」

「無意識を意識化する」

「は?」

「いや、自分で自分によく言い聞かせてるんだけど」

「はい」

「私たちの仕事って、お客様の見えない気持ちを扱う仕事でしょ?
はっきり言ってくださるお客様ならわかりやすいけど、思ってても言わないって言う人が、日本人にはまだまだ多い。
それでも、薄着の女性の方が腕組みをしていたら、「寒いのかな」と周囲も見て、二、三人そんな人たちがいれば、私たちは常に動いているからお客様よりも暑く感じるんだけど、寒いのか、って初めて気づく」

「確かに。私たちは半袖で仕事していても、お客様からブランケット、って
言われることありますよね」

「まあ、コロナでブランケットってファーストクラスとか、ビジネスにしかなくなっちゃったけど、お客様が上の棚に上着を入れてるなら、お取りしましょうか、って聞くことはできる。
暖かいお飲み物をお持ちしましょうか、っていうこともできる。
そんな時に「ジュースいかがですか」って言われたら、何にもわかってない、って私は思ってしまう」

「こわっ」

「そうね。言わないけどね。気づく人は、しょうがない。職業病かな。
まあ、そんな感じで、無意識を意識化すると、見えないものが見えるようになるって思ってるの」

「すごいです。勉強になります」

「本気で言ってる?」

梨花は、揶揄われ、お世辞を言われている気がした。

「本当です。今日だって梨花さんと一緒だから、楽しみにしてたんです」

「え、私のこと知ってたの?」

「まあ、それはいいですから。次の答え教えてくださいよ」

鈴に催促されて、梨花は最後の答えを話し始めた。

続く


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