半死人の面談学入門①

理科準備室の外が騒がしい。

昼食を済ませた生徒が身体を動かしに体育館に向かっていくようだ。

机を挟んで向こう側に、笑顔の女生徒が一人座っている。

「進路に関する自分の考えを10点満点で評価すると、何点だと思いますか?」

「7点だと思います。」

彼女は力強い声とピンと張った背筋で自信を示した。

「どうして7点だと思うのですか?」

「なりたい職業を見つけて大学に入ろうと思っているし、入るべき大学もいくつか探して目星がついているからです。あと、高2の、それも3学期ですけど、決まっていないよりは決まっていた方が点数が高いと思います。」

まっすぐ、はっきりと発音する子だと思った。


私は、直球勝負をすることにした。

「君は、将来何をしたいの?」

「学校の事務員になりたいです。」

「ええと、そうではなくて。」

準備室が急に暗くなった。太陽が雲に隠れたようである。

「質問の仕方が悪かった。将来何をしたいのか、何をしていたいのか、ということを聞いてみたい。だいたい20年くらい先の生活を想像してみてほしい。」

表情はあっという間に変化し、困惑の色が濃くなった。

遠くからトロンボーンの音が聞こえる。長調の、のんびりしたメロディーが理科準備室に面した中庭に響いている。この雪の降る中で音がくっきりと目立つのだから、換気のため、窓でも開けているのだろうか。

「わかりません。」

伸びていた背筋は丸く縮こまり、先程の笑顔はどこかへ行ってしまった。

「『わかりません』の中身を教えてください。」

「・・・。」

模範解答のない質問に答えることはできない。彼らはこれまで、問題集のすぐ横に解答集を開き、それを必死に写しては覚えて生活を乗り切ってきた。

だから、問題には答えがあると信じている。

問われて考えが浮かばないとき、彼らは答えが提示されるまで「わかりません」を繰り返し、教師の高慢な態度に耐え、対価として解答をありがたく受け取る。


教師も生徒も、日常の処理に疲れている。

問いは与えられ、答えはどこかに用意されている。

それは、彼らの安心のために欠かせないものとなっている。


問いも答えも、彼ら自身の中から生じるというのに。


「では質問を変えます。学校事務を志望する理由は何ですか?」

「私は子供が好きなので、近くに子供のいる、でも直接相手にするのとは違う環境で仕事がしたいと思っていました。それで、仕事を探してみたら学校事務というのを見つけました。」

「他に同じような環境を実現できる職業はありませんでしたか?例えば児童心理学に関わる仕事とか、病院職員とか。」

「・・・。言われてみれば、確かにそうですね。」

「学校事務に強いこだわりはありますか?」

「いいえ、特にこれといって・・・。」

「そうですか。」


学校は奇妙な箱で、皆、他人にばかり興味をもつ。

生徒は普段の授業の予習復習に、部活動では練習と大会と大忙し。

教師は授業の実施・準備に加えて部活指導・校務分掌が常に山積みになっていて、朝は8時から、夜は19時まで、30分でも休憩すると仕事が間に合わなくなる。

みんながみんな、自分に関心をもつだけの余裕がない。


時計をみて、あと5分で予鈴が鳴ることを確認した。

「そろそろ時間のようですから、また話し合いましょう。あなたの進路について、課題はどこにあると思いますか?」

「将来をあまり考えていないところ、だと思います。」

「もう一度、最初の質問をしますね。進路に関する自分の考えを10点満点として、今は何点だと思いますか?」

「3点くらいだと思います。」

「4点にするために、どのように活動してみますか?」

「ネットで調べて、たくさんあると思うんですけど、これと思う仕事を決めます。」

「少し、大変ではありませんか?」

「そうですね・・・。」

「では、このようにしてみてはどうでしょう。次に会うまでに5つ、自分の希望に合う職業を探してくるのです。」

「5つならできそうです。やってみます。」

その時ちょうど、チャイムが昼休みの終わりを告げた。

「では、2週間後に。」

彼女は次の授業に向かい、私は保護者宛の進路資料を作り始めた。


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翌週、月曜日の放課後に理科準備室のドアがノックされた。

彼女がやってきたのだ。

表情を見て、私は確信した。

「この前の面談で、自分は子供が好きだと言ったんですが、どの辺からが『好き』なんでしょう。」

彼女の自己分析は、この日から始まった。


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