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大企業で人事部を組織開発してきた人事の奮闘記

こんにちは。年末も人材育成・組織開発しているうえむらです。今年も仕事納めを無事に終えて、この記事を書き進めています。皆さまもお疲れ様でした。ほっと一息つきたいタイミングではありますが、本記事では多くの人事パーソンにとって憂鬱であろうテーマを、その重さに踏みとどまりながら届けていければと思います。

私の原体験

私は4年前に人事部に異動してきました。外から来たからというわけではありませんが、かねてより思っていたことがあります。それは人事部にこそ組織開発が必要なのではないかという点。今でもその思いは変わっていません。

以下のメモは私が人事に来たばかりの頃に感じていた人事組織への不満を綴ったものです。

これらの不満を上司にぶつけていた話はこちらの記事で懺悔しています🙇

私はまだ人事のことがよく分かっておらず、空気が読めない存在でした。しかし言いたいことは分からなくもない。荒削りではあるものの人事部が陥りやすい問題を捉えていたように思います。

このような状況に至った背景としてはコロナ禍でのリモートワークの影響が大きかったと思いますが、当初は人事部メンバーの層が薄く早期育成が必要だったため、意図的に組織を縦割りにした点もありました。たしかに着実に機能別の組織能力は徐々に高まっていましたし、当時の人事アジェンダに応えるためにも確実に必要なステップだったと思います。決して誰かが誤った判断をしたわけではありません。しかし人事部全体で見るとグループの総和を超える成果は出ていないように思われました。

幸いにも、メモに書かれた問題意識は過去のものとなっています。私が所属する人事部はその後大きく変わりました。表向きの組織図にはほとんど変化がないにも関わらず、同じゴールを見て仕事をするようになり、組織間の風通しは良くなり、HRBPは先進的なモデルを目指して邁進しています。変化を起こすきっかけとなったのは、組織開発でした。


組織開発とは

組織開発とは「組織内の当事者が自らの組織を効果的にしていく(よくしていく)ことや、そのための支援」を指します。この定義は名著『入門 組織開発』から拝借したもの。外部からの介入ではなく内部の実践者が主役となっている点に深く共感します。

また本書では組織開発は人間のシステムとしての側面への働きかけであるという説明もなされています。人材開発もまた組織開発に含まれる点が特徴的です。以下のポストで引用した図は組織開発が何に働きかけるのかを分かりやすく示してくれています。

組織開発が求められる背景としては、人が生き生きと働くことが年々難しくなっている点、企業が利益に偏重しがちな点、個業化する仕事環境、多様性の増大などがあります。変化の激しい今だからこそ組織の人間的側面をよくする難易度は高まり続けています。

人事部にこそ組織開発が必要な理由

組織開発の必要性が叫ばれるとき、その対象は現場組織や現場組織間、あるいは経営チームを指していることがほとんどです。われわれ人事は無意識に組織を開発する側、支援する側に立っています。飲食店がまかないよりもお客様を優先するのと同じように、人事部は自分たち以外の組織を優先します。それは至って自然なことです。

しかし、私は人事部にこそ組織開発が必要であると考えています。その理由は人事部は「構造的無能化」に陥りやすい組織だからです。構造的無能化とは『企業変革のジレンマ』で挙げられている概念です。

これは、分業・ルーティン化が進むことで、気づかないうちにバラバラな状況になり(断片化)、狭い認知の範囲でそれぞれが問題を捉えようとするためにうまく問題が捉えられず、その結果、適切な戦略や変革施策を考えたり、実行したりすることができなくなり(不全化)、その状況を打開しようと表層的な問題解決が行われることが繰り返される(表層化)結果、変革の停滞、企業の衰退から抜け出せなくなっていくメカニズムがあることを示しています。

『企業変革のジレンマ』の著者、宇田川先生のnote記事より引用

上記の引用文を人事部に当てはめてみましょう。企業規模が大きくなると、一般的に人事部は採用・制度・労務・給与・育成…といった形で機能別に分化する形で拡大していきます。またコンプライアンス意識が高まっていくため、人事情報にセキュリティレベルが設けられ、秘匿性の高い情報は一部の機能でしか参照できないものとなります。こうした背景のもと、人事組織は徐々にサイロ化していきます。(断片化)

一方で外部環境に目を向けると、規模の大きい会社ほど人事アジェンダの変化の振れ幅は大きくなっています。働き方改革、人的資本経営、DEI、ジョブ型雇用への転換、タレントマネジメント、スキルベース組織…。新たな課題が次々と降ってくる一方で既存の業務は止められない。バックオフィスなので人員も増やせない。仕方なく現行組織の形を保ったまま何とか新たなアジェンダに取り組むことになります。(不全化)

以前の文脈で最適化された組織は、必ずしも新たな課題に適応できるとは限りません。上層部の視点では課題を機能別に分解することで課題解決の総和が全体のゴールとなると思っていても、機能別組織のメンバー視点では細分化されたごく一部の課題しか認識していないことが往々にして起こります。結果的に全体の意図とはずれた解決策が実行されたり、方針の変更に追従することが難しくなるといった問題が発生します。(表層化)

このような状況はいわば組織の慢性疾患のようなものであり、短期間で解決することはできません。時間をかけて疾患と向き合いながら少しずつ状況に適応していく必要があります。そのプロセスには多くの痛みが伴うため、前を向くためには痛みを和らげる働きかけが欠かせないものとなります。そうしたケアの役割を果たすのが組織開発であると私は考えています。

はじめの一歩:学びの場づくり

冒頭のメモを書いた当時、人事部には5つのグループがあり、私はそのうち1つのグループにメンバーとして所属していました。直属上長には組織をまたいで仕事をしづらい点をよく相談していましたが、色々あって解決するのは難しいかもしれない。そのような反応をもらっていました。

大々的に問題をテーブルに挙げて議論するのが難しいのであれば、こっそりと始めてしまえばいい。そう考えた私はメンバーとして出来る範囲で組織をまたぐ学びの場を開催することにしました。

学びの場に着目した理由は人事メンバーに学ぶ意欲を持つ人が多いことや上位層がメンバー育成に課題感を持っていたことにあります。各グループでは既に勉強会が開かれていることを聞いていたため、抵抗なく受け入れてくれるだろうと考えました。

私自身が学びの場に期待していたのは個人の頭の中を理解し合うことです。グループ外の人々が普段何を考えながら仕事をしているか。どんなことに悩んでいるか。仕事の中身ではなく個人的なことを交換し合う場にしたい。それがグループ間の見えない壁を壊す一歩になるだろうと考えていました。

学びの場の中心は「あつ読み」という読書会。同じ本を読むという行動を通じて自分と相手の考えの違いに目を向ける機会を提供してきました。3年間、7シーズンに渡って同僚たちと本を読み続けています。

また隣のチームと共通のテーマで語る雑談会を企画・開催してきました。当初はグループ全員の時間を使うことに難色を示されたこともありましたが、粘り強く価値を伝えつつ、まずは1回やってみるところからスタート。いざ実施してみると多くの参加者に価値を感じてもらうことができ、年間を通じて継続するところまで漕ぎ着けることができました。

さらに、共通の資格を取得するという名目でもくもく会を開催。こちらは期間限定ではありますが、同じ目的に向かって集まった仲間はモチベーションも高く、合格後の喜びを分かち合えることで一体感が醸成されるといった副産物もありました。

このような学びの場づくりを続けるモチベーションになったのは「二人目に踊る人」でした。私以外のメンバーが「あつ読み」を自発的に主催したり、私が所属していないグループ同士で雑談会が開催されるといった出来事が少しずつ現れるようになってきました。学びの場づくりに参加するだけでなく、自ら活動を立ち上げる人が現れる度に小さな灯火を分かち合っているような勇気をもらいました。

次の一歩:組織目標策定プロセスへの介入

はじめの一歩を踏み出し、その活動を継続することでひとり一人の関係性は着実に良くなっていった一方で、組織をまたぐ仕事に関しては依然として目に見えないしこりのようなものが残っていました。以下にその例を挙げてみます。

  • 意見の相違が出た際に、相手を思いやる姿勢はあるものの、相手の領域に踏み込んで話すことには躊躇があるように見える

  • それぞれが見ているゴールがずれているかもしれない空気になった際に、同じ方向を向いているかを踏み込んで確認することがない

  • 方針を決めるまでは他グループを交えることなく物事を進めていき、後戻りができなくなってから意見を求めてしまう

これらはいずれも小さな違和感ではあるのですが、最終的にはプロセス・ロスに繋がる重要な点であると考えていました。心理的安全性の高い組織であれば、意見の対立を恐れず高い成果を上げることに意識が集中するはず。ひとり一人の関係性は良くなったものの、まだ何かが足りない。問題の根っこはどこにあるのか。

その答えは「組織の要件」にシンプルな形で現われていました。

『図解 組織開発入門』より引用

組んで織りなす。組織である以上は共通の目的を分かち合っていることが必要です。共通の目的を持たない場合、組織ではなく単なる集団となります。では組織の目的を端的に表しているのは何か。それは組織目標です。組織目標を心から信じることができているか。コミットメントを持てているか。この点を掘り下げていこうと思い至りました。

実際に人事部の組織目標はどの程度分かち合われているのか。1on1で上長に聞いてみたところ組織目標をマネージャー同士が腹から分かち合えているとは言えないかもしれないといった回答が返ってきました。なるほど。

他グループのマネージャーとも1on1のなかで同様の質問をしたところ、同様にモヤっとした回答が返ってきました。もちろんメンバーの私には話せないことがあったのかもしれません。そこで人事部長に「組織目標や方針立案での困りごとはないか」と尋ねてみたところ実はマネージャーやメンバーの思いをもっと引き出したいのだが、現状は十分に引き出せていないかもしれないという課題を教えてくれたのです。

ならばとグループのマネージャーを集めて組織目標についての対話会を企画し、人事部長の許可を取った上で実施することに。問題は「いかにして腹を割って話せる場をつくるか」という点にありました。組織開発歴20年の上司と議論を重ねた結果「いったん自分から離れて自分をみる」仕掛けを設けることがトリガーの役割を果たすのではないかという仮説に至りました。最終的に「金のブタ」と「動物フィギュア」というオブジェクトを用いて話し合いの場に臨むことになりました。対話の具体的な手順は以下の通りです。

  • 人事部の組織目標を「金のブタ」に見立て、場の中央に置く

  • 動物フィギュアをひとりずつ渡し「金のブタ」に対する距離をフィギュアを使って表現してもらう

  • フィギュアを全員が置いた後に、なぜそこに置いたか、なぜそのような置き方をしたかをひとりずつ語ってもらう

これを実際にやってみると金のブタとの距離感をどう取るか悩む人、金のブタにフィギュアを乗せようとするものの落ちてしまう人、フィギュアを机の下の死角に配置する人など、それぞれのカラーが現れる様子に思わず笑い声が漏れてしまうところからのスタートとなりました。

序盤で雰囲気がほぐれたのが奏功したのか、その後のコメントパートでは思った以上に本音が飛び交う会に。「腹を割って話す」という当初のねらいは果たされたように思います。

後日、会の様子や集まった意見について人事部長にもフィードバックする場を設けました。人事部長はフィードバックを真剣な面持ちで受け止め、マネージャー陣がそんな風に思っていたとはと驚いていました。またこの動きをぜひ広げていきたいという嬉しい言葉もかけてくれました。翌年には実際に人事部長が主導する形で「組織目標を皆で考える会」が開催され、多くのメンバーと共に人事部の未来を活発に話し合っています。

腹を割って話す機会を設けたことで、組織サーベイの活用にも良い影響が現れました。

  • 人事部のサーベイ結果を話し合う場において、本音で話し、ちゃんと聴く。

  • 話し合いを踏まえて組織をより良くするアクションを策定・合意し組織目標に組み込む。

  • 各々のグループが組織目標を必ず達成する。

これら一つひとつのステップを以前よりも重要なものとして取り組む共通の姿勢が育まれています。当たり前のことにも見えますが、これらを本気で取り組むことの難しさは皆さんもご理解されていることと思います。

組織開発の理論が網羅された決定版『組織開発の探究』では、すべての組織開発の共通点として①見える化⇒②ガチ対話⇒③未来づくりの3ステップが紹介されています。この中で特に「ガチ対話」の難易度が高く、テーブルについた全員がどうすれば本気になれるかが組織開発の成否を決めると言っても過言ではないと私は考えています。

『組織開発の探究』より引用

またこのような取り組みを進める際に私が心掛けていたのはマネジメント層を意図的に巻き込むという点です。当時の私はマネージャーではなかったものの、周囲への働きかけを止められることはありませんでした。マネージャーひとり一人とあるべき組織の姿について会話を重ね、組織に貢献すべくアクションを提案していったことが実を結んだのだと思います。(もちろん、環境が恵まれていた点については言うまでもありません。)

人事部の組織開発を進める上では人事部長や課長陣から理解や協力を得ることが必要不可欠です。理解が得られない場合、工数の捻出や参加メンバーの意欲を高めることが難しくなります。マネジメントを巻き込む難しさについては『組織の風の中に立て』という書籍で書かれている「組織開発に立ちはだかる10の壁」のなかでも紹介されています。

壁1 人事のやけど
壁2 自組織のアウェイ感
壁3 組織開発の市民権
壁4 マネジメントの壁
壁5 成果/評価の見えにくさ
壁6 継続することの難しさ
壁7 活動リソースの捻出
壁8 文化を変える難しさ
壁9 サーベイの扱い方と開示の要否
壁10 組織の規模

『組織の風の中に立て』より引用

こちらの書籍は大企業で組織開発を長年実践されてきた方の本で、実践に裏付けられた知恵が詰まっています。まだの方はぜひ読んでみてください。

さらなる一歩:仕事そのものが組織開発と化す

グループ間での関係性向上、組織目標へのコミットメント醸成を通じて人事部の組織力は着実に向上していきました。時を同じくして、社外からグローバル大企業を渡り歩いた経験豊富なつよつよCHROが着任する出来事がありました。

この出来事をきっかけに経営戦略に紐づく人事戦略が策定され、人事部全体でプロジェクト体制が敷かれることになりました。グループをまたぐ形でタスクフォースが結成されていきます。風向きが変わったかのように次々と新しいアジェンダが設けられ、仕事のスタイルは短期間のサイクルを回す形に変わっていきました。

クロスファンクションで仕事を進める機会も増えました。人事施策を企画する際には複数の組織から参画したメンバーで仕事を進めていきます。グループをまたぐ関係においても意見の衝突を恐れずに発言できるメンバーが増え、ビジネスにインパクトを出す、あるいは社員によりよい体験を提供する点に沿って徐々に議論に集中できるようになっていきました。

このように仕事のプロセスを変えることもまた組織開発につながっていることを実感しています。いわば仕事そのものが組織開発の場となっていくイメージです。対話やワークショップといった場はきっかけとして重要ではあるものの、これは「ハレ」の場にあたります。その場では皆が非日常の時間を分かち合い、気づきを得ることができる。しかし各々が日常に帰った後「あれは何だったんだろう」と忘れてしまうことがあります。

これに対して日常的な業務に埋め込まれた、いわゆる「ケ」としての組織開発を組み合わせていくことによって、はじめて組織開発の真価が発揮されることになります。この点についてMIMIGURI東南さんのnote記事がとても分かりやすく、私も影響を受けています。

おわりなき組織開発の旅

このような長い旅を経て、私が所属する人事部は少しずつ変化を遂げていきました。冒頭に挙げたメモに書かれた不満は今となっては過去の思い出です。決して順風満帆な道のりではありませんでした。しかしあの手この手を「しつこく」尽くしていき、地道に仲間を増やしていった結果、今があります。そのプロセスは私にとって味わい深い思い出です。

またここまでの取り組みは「Goal(ゴール)」「Role(役割分担)」「Process(業務手順)」「Interpersonal Relationship(関係性)」というGRPIモデルのピースを集める旅でもありました。こがねんさんのnote記事に書かれている通り、関係の質アプローチだけでは結果の質に辿り着くことが難しいことを身をもって味わってきたように思います。当時このnoteの存在を知っていれば、もう少し器用に立ち回れたのかもしれません。

最後に私たちの人事部が目指す組織像を少しだけご紹介します。それはビジネス中心で、テクノロジーが前提にあり、アジャイルに価値を提供し、学習し続ける「フルスタックな人事組織」「総合コンサルタントのような人事組織」「バリューアップセンターとしての人事組織」です。これはHR Techで有名なJosh Bersinが掲げる「Systemic HR」という概念に基づいています。

Systemic HRでは人事組織の成熟度を4つのレベルに分けたモデルを用いて説明しています。多くの人事部はレベル1ないしレベル2に留まっているとされており、レベル3のSolution-Centricに移行できるかどうかが重要であると述べられています。

The Systemic HR Maturity Model by Josh Bersin

レベル1: Transactional Compliance(取引型)
・HRがコストセンター(費用中心)として機能。
・組織の39%がこのレベルにある。
レベル2: Efficient Service Delivery(効率的なサービス提供)
・HRがサポート機能として運用。
・組織の29%がこのレベルにある。
レベル3: Solution-Centric(ソリューション中心)
・HRが製品組織のように運用。
・組織の21%がこのレベルにある。
レベル4: Systemic & Problem-Oriented(システム化および問題解決志向)
・HRがコンサルティングファームのように機能。
・組織の11%がこのレベルにある。

The Systemic HR Maturity Model by Josh Bersin

少なくとも現時点ではSystemic HRに至るには長い道のりが必要です。しかしその状況を私はさほど悲観してはいません。引き続き目指す姿に向けて旅を続けていきます。過去には暗闇でもがいているかのような無力さを噛みしめたこともありましたが、小さな一歩を積み重ねてきたことにはどうやら意味があったようです。

2025年も頼れる仲間たちと共に、人事部を組織開発していくぞ💪

それでは、皆さまもよいお年を。

うえむら(@Uemura_HR

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