「ザ・マイコクーラー」:マイコン制御ではなくキノコを使った冷却ユニットの開発
何のこっちゃ?このタイトルを見れば誰しもそう思われるのではないだろうか。実際に筆者自身もつい先日、米国科学アカデミー紀要なる歴とした学術雑誌に発表されたこの論文( https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2221996120 )を見て、ん?んん?!となってしまった。
論文のタイトルは「The hypothermic nature of fungi(キノコ類の低体温特性)」というシンプルなもの。記載された発見の"キモ"は、キノコ類は周囲の温度よりも常に自身の温度(体温って言ってもいいんだろうか?)を低く保っていて、これは形や色に関係なく、しかも酵母やカビなど単細胞の仲間たちが作るコロニーにも当てはまる、ということだ。どうやらせっせと水分を蒸発させて"体温"を下げているらしい。これは我々の身体でいうところの発汗と似ている。ただ彼らの場合はその効率がハンパないということのようだ。
これだけなら「ふーん、そうなの」でおしまいなのだが、この論文の筆者たちはこの発見を踏まえてエコな冷却装置「マイコクーラー」を作製したのだった(マイコすなわち"myco-"はカビなどの真菌類を表す接頭辞)。構造は簡単で、発泡スチロールの箱の両側面に穴を開け、一方にファンを付けて空気が箱の中を通って外に出るよう循環させる。その箱の中にキノコを詰めるだけ。例えばその箱を密閉容器の中に置く。その密閉容器の外側は37℃に保たれた温室とする。そうすると温室の熱によって密閉容器内の空気は温められる。しかしその中のキノコの箱を通るように空気を循環させると、キノコの水分が蒸発する際の気化熱が吸収されて密閉容器内の温度が下がるという仕組みだ(イラストを参照)。
驚いたことにこの装置により密閉空間の温度を10℃近く下げることができた。ただしその効果は30分程度で、時間とともに温度は上昇し数時間後には温室と変わらないくらいになってしまった(以上のデータはあくまでも検証実験に用いられたスペースとスケールにおいての話)。これは要するにキノコから発せられた水分が空気中で飽和してしまい、それ以上気化できなくなったことによる。
つまり、はじめのうちは涼しいのだが、時間が経つにつれジワジワと暑くなり、しかも蒸し蒸しするということになる。論文に記載されたのはあくまでも試作品で、実用化にはほど遠い気がするが、発表に先んじてちゃんと商標登録しているところはさすがアメリカ人、抜け目ない。そしてこの論文の著者たちの所属が、ジョンズ・ホプキンス大学という、世界的にも有名な医学研究機関というのがまた意外なところ。極めつけがサイエンス誌によるインタビューに応えての結びのセリフ「この試作品で水を凍らせるなんてことはできないけど、ランチを冷やしながらちょっとピクニックにでかけるくらいは十分可能だ。しかもあとでキノコも食える。」
(サイエンス誌による論文紹介の記事はこちら: https://www.science.org/content/article/need-keep-your-picnic-cool-try-mushrooms-instead-dry-ice?utm_source=sfmc&utm_medium=email&utm_campaign=DailyLatestNews&utm_content=alert&et_rid=33949853&et_cid=4720334 )