同じテーブル、行き違う視点の先/マンガ「ファミレス行こ。」上【感想】
【「カラオケ行こ!」の感想記事はこちら↓】
『おとぎ話』の先に続く”現実”
「次はファミレスが舞台か…深夜のファミレスでダベったりする、『THE 3名様』みたいなダウナーな空気のギャグかな」
「カ!」のギャグ色を踏襲したそんな作風をふんわりと想像し、ノーガードだった私の脳内は読了後、混乱と興奮、もどかしさと切なさの坩堝と化し、どう情緒を立て直したものかと大変苦慮いたしました。
初見勢の方々がこれから受けるであろう新鮮な衝撃を損なわぬよう、『ラスト5ページにその理由が詰まっている』と端的にお伝えしておきます…
作者の和山先生が今作をどういった位置付けで描かれたのか、一介の読者に過ぎない私には察しかねるのですが、
この漫画をいずれのジャンルに振り分けるか考えた場合、少なくとも「単純なギャグ漫画とは言い難い」という印象を受けましたね。
聡実くんが卒業文集に寄せた、奇譚とも呼べる「カ!」でのエピソードが後代まで語り継がれていくとして、
その一種の『おとぎ話』と地続きの、聡実くんや狂児の人生に待ち受ける”現実”を、これからまざまざと突きつけてきそうな予感がしてならなかったからです。
読み始めの頃こそギャグ要素に感じた漫画家・北条先生(マサノリ)や聡実くんのアルバイト先の先輩・森田さんの存在すら、読み進めていくうち巧妙に張り巡らされた伏線の一端を担っていたのだと気づいた時、
これらを回収しにかかってくる下巻での展開を想像するも力及ばず、待ち遠しさと共に予想のつかなさに恐ろしささえ感じました。
それに加え、彼らの関係を探ろうとする第三者の動きが明らかに吉兆には感じられないせいで、先行き不安がいっそう増すばかり。
“風味”と奇妙な友情の変化
前回の感想文中で用いた”作品の味”と”スパイス”という表現を再び流用するならば、
「ファ。」は我々読者が手持ちのスパイスを持て余すほど、前作の更に上を行く濃いめの”風味”の中に、全体的にほんのりと”ほろ苦さ”が同居していて、対極とは行かないまでもだいぶ似て非なる路線かと。
有り体に申し上げると、前述した『ラスト5ページのインパクト』によってBL側のボーダーラインに限りなく近い状態なんだけれども、決して蜜月状態というわけではなく、
『お互いを心底嫌っている訳ではないしむしろ思い合っているのに、ライフステージの変化に伴ってすきま風が吹き始めた友人関係』を客観視させられているような、謎めいた焦燥感が付き纏ってくる。
作中、主な舞台であるファミレス以外にも彼らが同じテーブルについて食事をするシーンが何度も登場しますが、
互いに向かい合っているのに視線が合わない、敢えて外していることが多く、
聡実くんと狂児との”奇妙な友情”が静かに変容していく気配が、そういった部分からも終始薄ら漂っているんですよね。
狂児が示す、透明な境界
聡実くんに対し相変わらず会話の端々に軽口を挟みながらも、”こちら側”に足を踏み込ませんとする牽制とも取れる言葉を、狂児は何度かさりげなく口にします。
例えば、ファミレスでの深夜バイトを終えた聡実くんと共に訪れた喫茶店にて、狂児が発した
「気ぃつけて 頭狂わんように」という台詞。
『カ!』に収録された描き下ろしエピソードにて、若かりし頃の彼が極道入りした経緯を知っているだけに、コーヒー片手にぽつりと呟かれたその言葉には説得力と重みがあり過ぎる。
夜勤明けの朦朧とした思考回路に判断を鈍らされたのか、或いは自らの人生の手綱を他人に預けてしまう為の単なる口実だったのか。
いずれにせよ、後悔するにはもはや時間の経ち過ぎた自分とは違い、”これから”がある聡実くんへ狂児なりに思うところがあったのでしょう。
越えてはならない境界線を、人は案外容易く踏み越えてしまうことを、骨身に沁みて理解している彼だからこそ。
また、あれだけ身体的な距離が近かった前作と比較すると、待ち合わせ場所に現れた際聡実くんの靴を爪先で小突いたのを最後にスキンシップが全く無く、『もうすぐ大人になる一人の青年』としてきちんと聡実くんと向き合っている、または一線を引いているようにも映りました。
余談ですが、森田さんがMUROMACHIのライブで歌っていた曲の、
『俺に触らないで 朝メシ前に触らないで
簡単に好きになるから』という歌詞が微妙に二人の関係性を示唆したものに聞こえてならない…
「ファ。」での狂児と聡実くんの関係性は
『たまに会う程度にはまあまあ仲はいい、ウザ絡みしてくる親戚のおじさんとそれを鬱陶しがる甥っ子』に似ているとうっすら感じていた矢先、
作中で狂児には会わせてもらえない甥っ子が存在すると明らかになり、なんとなく腑に落ちた気がいたしました。
しかし恐らく狂児自身は、この擬似家族然とした聡実くんとの関係をいつまでも続ける事を良しとしてはならないと、心のどこかで思っていそうだなとも想像しています。
聡実くんが自分を必要とするうちはこの縁を手放さずにいるけれど、求められなくなったらそこが潮時だ、と。
二百万近くする腕時計をさらっと聡実くんにあげてしまったのは、他人との縁を切り切られする経験の方が圧倒的に多いヤクザ社会に身を置いてから、人にも物にもあえて執着しないようにしている狂児らしさの表れだろうか、と考えたり。
(ちなみに未読勢の方には何言ってるか分からない話で恐縮ですが、
とある事情で聡実くんがこの時計を熱湯で茹でるシーンを読んだ時、
すべらない話でケンコバが披露していた『イタズラで陣内智則の眼鏡を炒めた話』をふと思い出しました。)
聡実くんの示す、静かな覚悟
そして基本的に聡実くん視点で物語が進行するにも関わらず、彼の胸中を全て推し量れない部分が多いのも、読み手の心をざわつかせる理由の一端だと感じました。
聡実くんが狂児に渡そうとしている”プレゼント”は『狂児に入った刺青を消してもらう為の費用』でほぼ間違いないと思うのですが、問題は”どちらの刺青なのか”ですよね。
物語の始まり0話にて、ファミレスの壁に飾られた絵へコーヒーを溢してしまい、消えない染みを作ってしまった一件。
罪滅ぼしと貯金を兼ねてか、以降聡実くんはこのファミレスでアルバイトを始めるのですが、読み進めていくうちにこれこそが最大の伏線であると気づき、思わず膝を打ちましたね。
狂児がヤクザの世界から足を洗うのはいかに困難か、仮に叶ったとしてカタギの世界で一から再出発するには、乗り越えなければならない障壁が数多く存在するでしょう。
用意できる金額に限界があるのを差し引いても、聡実くんがそれらを理解していないとは考えにくいですし、消してもらいたいのは狂児の腕に入った”聡実”の刺青の可能性が高そうです。
中学時代の聡実くんにとって、変声期の悩みを抱えていた時に出会った狂児の存在は、
『部活でもなく家庭でもない、第三の居場所もしくは拠り所』だったと思うのです。
一方、大学生の聡実くんは家族と同じ進路をなし崩し的に選ぼうとしていたり、少々アイデンティティを見失っている節が伺えます。
見知った間柄の狂児を再び精神的な拠り所にするも、それを良しとしない自分との葛藤もある。
前に進むために、彼との絆を否が応でも認識してしまう”しるし”を消し去り精算しなければ。
精神的な自立と狂児への思慕の狭間で揺れる心が、ラストでのあの”確認”に繋がったのでしょうか…
続きが気になり過ぎるも、残念ながら本誌での連載は不定期だと知り、
「カ!」を手に取った時とは反対に「もう少し遅く出会っても良かったのかもしれない…」などと思う始末です。
すべてを受け入れる緩やかな”混沌”
前作と同様、「ファミレス行こ。」の台詞と共にタイトル回収されるシチュエーションが、今のところ全く想像できずにいます。
『ファミリー』とは名がつくものの、ファミレスとは実際家族連れのみではなく、様々な境遇の人々が集まる場所。
各々が好き好きに料理を頼み、ジャンルがてんでバラバラのメニューが同じテーブルに並ぶ事も珍しくはないある意味カオスな空間にも関わらず、
本作のキャッチコピー『ここはすべてを受け入れる。』の如く、私達はさほど気にもとめず受け入れている。
ファミレスが持つそういった特色と、今後の聡実くんや狂児の生き方がどうリンクしてくるのか。下巻が発売されるまでのしばらくの期間、長考するはめになりそうです。
長文となってしまいましたが、最後までお読み下さりありがとうございます!
この感想文を期に、「ファミレス行こ。」を読んでみたいと思っていただければ幸いです。