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【ショートショート】めでたい日には牛丼を食べよう!

「いらっしゃいませ!」

 ここは町はずれの牛丼屋。発明家の平鹿ひらが博士は、研究所の近くの牛丼屋で、いつものように昼食を食べに来ていた。お昼休みだというのに、店内はいており、近所の常連さんしか来ていないという有り様である。

「大将、今日もお客さん少ないね?」

「えへへ。お恥ずかしい限りで。昔はうちも流行はやってたんですけどねぇ? 最近はお客さんはチェーン店に流れちゃって……」

 平鹿博士は考えた。古い付き合いの、馴染みの牛丼屋がピンチに陥っている。これからも長く、この店の牛丼を食べていきたい。この店のために自分ができることは……

 そこで平鹿博士が考えたのは、平賀源内が

『土用の丑の日はウナギを食べよう!』

のようなキャッチコピーをつけることだった。平鹿博士は研究のかたわら、牛丼のキャッチコピーを考えた。そして考えついたのは、

『めでたい日には牛丼を食べよう!』

だった。

 まず、近所の牛丼屋はお祝い事用のスペシャル牛丼を考案した。普段は輸入の安い牛肉を使っているが、スペシャル牛丼は松阪牛を使うことにした。玉ねぎも、淡路島の提携農家から取り寄せたものを使うことにした。そして、スペシャル牛丼は、最初から汁だく・ネギだくサービスで、テッペンにはカラフルなロウソクと日の丸の旗も立てた。そして値段は通常の牛丼並盛と同じである。

 そして、そのスペシャル牛丼を祝日や、客の誕生日などに提供することにした。その狙いは想像以上に反響を呼び、遠方からもスペシャル牛丼を求めて客が訪れるようになった。しかし、平鹿博士には特に影響は無かった。研究所は祝日は休みで、平日は普段通りに牛丼並盛を食べているからだ。だが、博士はそれで満足だった。私が贔屓ひいきにしている、この店が繁盛してくれさえすれば――

 ところが、このお店の繁盛も長くは続かなかった。『めでたい日には牛丼を食べよう!』キャンペーンは、すぐに大手牛丼チェーン店にも真似され、圧倒的な資金量によって、目玉の松阪牛が買い占められてしまったのだ。松阪牛の価格は、キャンペーン以前よりも遥かに高騰こうとうし、とても個人で経営している牛丼屋が買うことができなくなってしまったのだ。

 そして、ケーキ業界の巻き返しである。『お祝いにはケーキ』が根づいているところに、牛丼キャンペーンで売上が激減したケーキ業界が、業界あげて大々的に広告をうち、値下げキャンペーンや、逆に超豪華路線に打って出たり、とにかくなりふり構わず牛丼を追撃してきたのだ。

 また、牛丼店の中には、キャンペーンに便乗するだけ便乗して、粗悪な材料で高い価格設定をする店まで出てきてしまった。

 『めでたい日には牛丼を食べよう!』はあっという間に下火になり、また以前のように『お祝いにはケーキ』が普通に戻り、町外れの牛丼屋は再び客がまばらな状態に戻ってしまった。

「いらっしゃい!」

 いつものように、平鹿博士が昼休みに牛丼を食べに来た。

「申し訳ないね? 私がもっと良いキャンペーンを考えていたら、このお店はずっと繁盛できたのに……」

「いえいえ、良いんですよ。いい夢見させてもらいましたから。実はね、博士? 普段使っている輸入牛肉も、キャンペーン末期には便乗値上げされて、牛丼を大幅値上げするか、それとも豚丼屋に衣替えしようか、ギリギリのところまで悩んでいたのですよ」

 大将は苦笑した。いつもの牛丼までピンチになっていた事に気づいた博士は、大将と一緒に苦笑するしかなかった。


※画像は『ぱくたそ』様から使用させていただきました。

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