「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」⑤ “自己と利他の関係性デザイン”をめぐる未来の展望
「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」を振り返って
今回の探索テーマ「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」は、まさに現代を生きる私たち自身の未来を問う命題でした。一人ひとりが異なる価値を見出しながら持続的に共存できる仕組みを、どのようにしてデザインするべきか。自分らしさを表現することが社会的な行動と融合を果たしたライフスタイルとは、果たしてどのようなものなのか。
そのために、まずは自分らしさ、自他の共存、社会の幸せといった抽象的な価値を掘り下げて概念化する。次に、これらの価値の実践例をひも解くことで、具象的なライフスタイルデザインや街づくりの手がかりを探っていく。この「概念→具象」という2段階のアプローチによって、変化の多い都市と生活者のゆくえを見つめていこうとしたのです。
その試みは、①門脇耕三さんとの座談会に始まり、②ドミニク・チェンさん、③龍崎翔子さん、④遠山正道さんとの対話、さらには同席メンバー同士のディスカッションを通して、さまざまな気付きや予感をもたらしてくれました。一人ひとりが概念レベルの思考と向き合うなかで育まれてきた、数多くのヒントやイメージをここに考察として綴ることで、次なるステップにつなげたいと思います。
伴走研究者:門脇耕三さんの考察
社会を構成する“個”に多様性があって、最初のうちはぶつかりあうこともあるけれど、そのコンフリクトはやがて落ち着き、よく調和した「全体」が出現する——これはドミニク・チェンさんに教えてもらったぬか床の話だけど、これからの都市や社会を考えるにあたっても、とてもたくさんの示唆をもたらしてくれる。
チェンさんのぬか床の話は、利己的なサービス設計から出発しながら、それを大きな共感へと結びつけてきた、龍崎翔子さんの実践にも通じている。いずれにせよ、魅力的な“全体”をつくるためには、“個”はユニークであるべきで、そのためには、みんなが自分自身の欲望に対して誠実であることが必要なのだろう。
とはいえ、誰しもが最初から、ユニークな欲望を持っているわけではない。日本の社会は同調圧力が強く、日本人はむしろ、自分を抑えてまわりに合わせることに過剰に適応してしまっている。遠山正道さんがいうように、私たちは、自分らしさを追求することに慣れていないのだ。
だとするならば、私たちにまず必要なのは、自分自身の欲望を形成することに対する支援なのではないか。そのための手段としては、もちろん、人対人のケアのようなかたちのものも考えられるだろう。しかしここでは、それとは少し違った欲望形成の手段を考えてみたい。
人間の個性は、生まれながらにして決まっている部分もあるのだろうが、それと同じか、それ以上に、環境が決定する部分も大きいのだろう。生物としてのヒトは、ほかの種に比べて、遺伝的多様性が著しく低いという話を聞いたことがある。私たち人間は、生まれながらのままでは意外にも個性に乏しく、のっぺりとしている可能性がある。にもかかわらず、人間の社会がこれほどまでに多様で、国や地域ごとに独特の文化や考え方の違いが見られるのは、私たちが生きるためにつくってきた都市や建築、道具や衣服などの日常を取り巻くモノそれ自体が多様だからではないだろうか。環境は個性を育む。であれば、環境の多様性こそが、多様で個性的な欲望の形成を支援するはずだ。
以上のことから、これからの都市空間を考えると、それはのっぺりとしたものではなく、適度にムラのある、モノとしての多様性を備えたものであるべきなのだろう。また、そうした都市空間で芽生えた欲望の種をじっくりと育てていくためには、喧騒から隔絶された、静かで快適なプライベート空間も重視されるに違いない。
しかし、それだけでは共感は育っていかない。欲望が社会化するためには、それが再び社会にさらされ、揉まれる必要があるはずだ。とはいえ、ようやく育ち始めた芽を、突然厳しい環境に置いて枯らしてしまっても困る。これからは、都市空間とプライベートな空間を取り持つ、縁側のような/ホテルのラウンジのような/庭先のような、中間的な空間が都市に求められるのかもしれない。
では、このような都市空間において、ユニークな欲望は、どのように社会的な欲望へと育っていくのだろうか? 欲望は、ぬか床のように、時には別の欲望とのコンフリクトを起こすのだろうか? たくさんのユニークな欲望から、調和した全体はいかに形成されていくのだろうか? そこでの生活は、いかなるものになるのだろうか?
これからの都市と生活者について、自己と利他の関係について、考えるべきことはまだまだ残されている。
NTT都市開発 デザイン戦略室の考察
これからの街づくりでは、社会や地球全体が持続的により良い方向に向かうことと、一人ひとりの生活者が自分らしく生きることの共存が求められるのではないか。それこそが本質的な意味における、サステナブルな“あるべき街”の姿なのではないか。そのような大きな仮説をもとに今回のテーマを設定し、概念・具象という複眼的なアプローチを用いて対話によるリサーチを重ねた。
概念へのアプローチをめざしたドミニク・チェンさんとの対話では、“個人”と“他者・社会”の幸福が両立するライフスタイル自体をデザインするのではなく、その両者が「共話」を育むような多様な関係性をデザインしていくことが両者の幸せにつながるのではないか、という気付きを得ることができた。その後の龍崎翔子さんとの対話でも、「アイデンティティや自分らしさは削り出されるものである」という、個人と環境の関係の重要性に触れることができた。
その実現に向けたヒントでもある“ぬか床”というメタファーは、都市に置き換えるとすると、新たな出会いを誘発するような“多様性”と、その場所にしかない“土着性”を兼ね備えている環境といえるかもしれない。そして、ぬか床を丹念にかき混ぜるように、街の中の魅力的な余白を活かしたマネジメントを行っていくことで、街と人との関係性がより豊かになり、持続的に街が育っていくのではないだろうか。
龍崎さん・遠山正道さんとの対話では、“個人”と“他者・社会”の関係性のデザインにつながる、より実践的な気付きを得ることができた。
遠山さんは対話の中で、社会は “特別な個人”の集合体である、と触れられていた。上に記したヒントは、そのような社会の中で「個人と他者をつなぐ自分らしさ」を、街や社会で発露させるためのヒントともいえる。
街に根付いた文化や価値観は、生活者のライフスタイルを豊かにする。そして同時に、人の思想や生き方が表れた建築や街に人は魅力を感じる。それは、人の想いや価値観が街を媒介して交感しているともいえるのではないか。これからの時代、サステナブルな街づくりとしてできることは、そのような人と街の関係性を、プロアクティブに場や空間として仕立てていくことではないだろうか。街に根付いた人々の想いに、個の思いを重ねて街を育てることが、そのようにして育った街を訪れる人々の生活を豊かにする。この新たな仮説を、次のリサーチでは確かめていきたいと思う。
読売広告社 都市生活研究所の考察
自己と他者の関係性デザインの視点から
「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」全体を通しての気付き(本記事の末尾に記載)にもあるように、これからのライフスタイルの豊かさの実現には、自己と他者の関係性デザインが、ますます重要になってくる。
自己と他者の関係性デザインを欲する生活者インサイトとは何か?
国単位での大きなマクロ経済システム(旧来の資本主義)が限界に達し、脱成長・成熟経済へと向かう潮流のなかで、大きな関係性のリデザインが必要になっている。それは例えば、日本古来のムラ社会型の「地域に縛られる関係」だけではなく、「企業やマクロ経済に縛られる関係」だけでもない……多次元が両立するマルチバーサルな関係性のデザイン。
これからの人生における関係性デザインとしては、生きるための基盤としての人間関係/仕事に直接関わる人間関係……という第1、第2の関係性に加えて、少なくとももう一つの「第3の人間関係」を持つことが、豊かさを育むのではないか。
具象・実践アプローチにおける対話を行った遠山正道さんは、多拠点生活・複数コミュニティなど、多次元の人間関係を構築。還暦を迎えてオンラインをプラットフォームにした関係性デザインもスタートさせた。龍崎翔子さんも、ホテルから越境する事業拡大や、内なる多様性を高めるライフスタイルを日常の中で実践している。こういった多次元・多層化のデザインが「わたし」と「わたしたち」の関係を大きく変え、今期のテーマである「WE+WELLBEING」を満たすライフスタイルへの第一歩になって行くのではないだろうか。
ポストコロナで加速する不安定で不確実な時代、また遠山さんが話されたように「プロジェクト化の時代」においては、都市も生活者もいかに多様で多面的な存在になることができるかが重要になってくるかもしれない。個の内に多様な価値を認める多次元的なマルチバーサルな関係性とライフスタイルの実装が、これからの人生の豊かさにつながるヒントとなる。個の中の多次元的なマルチバーサルさは、自己と他者の重なり合う場としての緩衝体(縁側)となり、「WE+WELLBEING」の実現へとつながっていく。
「第3の人間関係」を豊かにしていくためには、どのようなアプローチがあるのか?
「第3の人間関係」を豊かにする、多様なつながりの中の一人になるには、まず“自分”の“個”を先鋭化する必要性があるのだという点も、対話からの大きな気付きである。龍崎さんが、自己のアイデンティティを削り出し“自分を明確化する作業”を行っているように、より際立った“個”に対してシンパシーや共振が生まれていく。
例えば、「第3の人間関係」を豊かにしていくために私たちができることは、自己を削り出していく個人に向けたオープンイノベーションの場を用意することではないか。
都市生活研究所でも視察した、デンマーク第二の都市オーフスにある「Dokk1」では、合意形成型のワークショップではなく、個人の発意を促すワークショップが日常のプログラムにあふれていた。こういった市民個人のセルフイノベーションの場が、これからの豊かなライフスタイル創造の起点になっていくのかもしれない。
市民個人のセルフイノベーションの場では、個人の発意が先鋭化する。そして、発意を持った“個”同士は、より強い共振を生み、豊かな関係性デザインが生まれていくというプロセスである。
私たちは今回の対話から、つながりのある豊かな関係性デザインの構築の前に、まずは「個の発意の先鋭化」の重要性を学んだ。その先にこそ、“WEのつながり”が生み出される。個と個の共振によるWEのイノベーション、その共振の連鎖をデザインしていくこと。この先の世の中に新しい価値を生み出す、そうした個のセルフイノベーションのプロセスデザインに、私たちもチャレンジしていきたい。