建築をつくるのを応援するという立場を貫く建築士;伴年晶
建築への原風景
岡山の山奥で、祖父はセルフビルディング(自力建設)で小屋を立てて農業を営み、父も兄のために勉強部屋を作ったりして、自ら建築をするという行為を幼い頃から体験してきていました。
そんな原風景がものつくりへの憧れを産み、大学では土木を専攻し、その後、建築設計業界へと足を踏み入れたのではないかと感じています。
ですから、単にデザインがあるというよりは、まず生活があって、その生活のために建築デザインがあると考えるようになったのは自然なことだったのかもしれません。
生活者と話し合って空間を決定していく「FOLK ARCHITECTURE(伴年晶の造語)」を展開するようになりました。(相反する概念として「SYMBOLIC ARCHITECTURE=権力・資本側の象徴としての建築との軸で建築を捉えることを提案。)
自分度を上げていく戦い:OLA革命へ
洞穴から始まるような自力建設的フォークアーキテクチュアは、建築学の中心に、特にデザインの中心に据えられていません。生活を捉え、それを空間化していく作業が建築であるならば、生活者と一緒に話し合って、共に作り上げていくことが、建築設計の真ん中に据えられていく必要があると考えています。
しかし残念ながら、住宅は商品化され、購入するものになってしまい、みんなで自ら作るということもなくなってきています。
終戦後すぐから高度成長期くらいまでは、本当に何もなくて、放任でもあり、自らの手で作らざるを得ない時代だったのかもしれません。高度成長期以降、だんだん「物質的には豊か」になり、社会から与えられて、ものや情報で暮らすようになり、1歳からアンパンマンの歌を歌うような時代ですからね。
自分自身で行う、行っていることを尺度としての「自分度(これも伴年晶の造語)」と呼んでいるのですが、幼少期と現在では、もう別の国にいるくらい違います。
ボクが今回「OLA革命」という書籍に自分自身の想いをまとめたのは、こういった変化が、全地球上、全職種上、全世代上で起こっているわけです。建築を通じて、暮らしの大激変について、ボクなりの捉え方をお伝えしたいと思います。