心臓ドキドキ
バセドウ病という診断が出て数年、はじめにうんと脅されたのがトラウマで病院に行けなくなり、自己診断による経過観察(つまり病院では一度も治療を受けたことがない)3年目くらいだけど、今のところ眼球が飛び出すことも、クリーゼという一種の心臓発作が起こることもなく過ごせている。とてもラッキーなことなのだろうと思う。ただ、健康体であると信じ込んでいたところから一気に病名が5つもついてしまった時にはそれなりに落ち込み、もちろん具合も悪く、2週間の完全絶食、一年半の自然療法などを経て、病気とわかる以前よりも体重が増え、畑・田んぼ通いの成果で日焼けもしたし(シミ・ソバカスも増えちゃった)、会う人会う人「顔色が良くなった」と褒めて下さるようにまでなった。いまはいわゆるヴィーガンのような食事ではなく、なんでも食べるし、音楽活動が活発になった影響で不規則な生活もするけれど、以前に比べて気をつけていることもある。
自分がなってみるまで知らなかったけれど、バセドウ病やハシモト病、他にもさまざまな免疫疾患、甲状腺の異状といった病気は沢山あり、闘病している人の数もとても多い。私のように症状が現れていても、様々な他の病気と誤解もされやすく、診断が遅れる、病院を受診しない、別の科を受診したために見過ごされる例もとても多いようだ。だから潜在的な患者はもっといるに違いない。かといって、積極的治療のパターンもあまりまだないというか、ワンパターンというか、未解明のことも多いようで、私のように治療を受けないでいる人も多いのではないかしら。
私の場合は、もともとの性格なのか病気なのか、区別のつきにくい辺り、特に義務教育の通知表で褒められるような「がまんづよい」とか「責任感がある」といった傾向の度が過ぎるところに病気が現れているのかもしれず、以前から「躁鬱」を疑われて友達などから精神科を受診したほうがよいと言われるようなこともあったが、恐らくは精神というよりはバセドウ病によるものであるらしい。なんにせよ一般的と比べて「過剰」の部分が大抵バセドウ病の症状として思い当たるのだけど、でももともとの性質のような気もするし、お医者さんにも結局わからないと言われた。それよりもお医者さんは甲状腺に関連した数値が異常値を示しており、常に脈拍が早い、その割に極度の低血圧である、生きているのが不思議なくらいだ、とのことで、爆弾のような甲状腺は撤去するか、落ち着かせるためにホルモン療法、あるいは抗がん剤のような治療を勧められた。
脈が速い。走ったり、恋をしたりしているからではなく、リラックスして部屋で横になっていても、全速力で走った時のように心臓がバクバクする。だから疲れやすい。ていうかいつも疲れている。にもかかわらず活動的なので、見えないところで体が悲鳴を上げている。ある日、目に見えて悲鳴を上げてしまうようなことがないように、時々、しっかり休む。アルバイトも完全在宅にして、勤務時間も減らしてもらった。いまは週に20時間ちょっと働いているが、月に1,2度、臨時のお休みをもらうことも多い。バセドウ病は確率された治療(上に書いたような)を受ければ「普通に」働けることになっているので、障害者手帳などは発効されない。全く働くことをやめて生活保護を受けるくらいしか手はないが、働きたいし、このくらいは働けているので、お金の足りない部分は別の道を模索中。
なにか一つ、ほんの些細なことで落ち込みはじめると、心臓のまわりの筋肉が筋肉痛を起こすまで落ち込む。あとで振り返るとそんなに落ち込む必要のないことで、過剰に落ち込んでいる場合ばかりなので、ナイフで体を切り刻むのと似た精神的な自傷行為であると気づいてからは、落ち込みはじめに人となるべく話をするとか、音楽の活動を増やすとか、落ち込みの引き金になった事象について言語化して、こんなことで落ち込む時間がいかにくだらないかを自分自身に悟らせるようにする。まあ、なかなかうまくいかないものですが。
そもそもバセドウ病なんてことを思いつきもしなかった時、病院で精密検査を受けても誰もそんな指摘をしなかった時に、最初に気づいたのは山野さんという経絡指圧の先生で、山野さんが私の喉に触って、腫れてるなあと言って、病院に行くなら聞いてみて、というのでまずかかっていた婦人科の先生に相談した。しかし、婦人科の先生は露骨に嫌な顔をして、甲状腺はうちの担当じゃない、と言い切り、健康診断の機会を待って内科の先生に相談し、内科ではわからんと言われ、甲状腺科を受診してようやく診断が下るまでに数ヶ月を要した。大きな病院はなかなか大変である。
その頃は自分で鏡を見ても確かにくっきり腫れていたけれど、いまはほとんど腫れていない。甲状腺が腫れてくる前にちゃんと休んでいる甲斐あってのことだと思う。このまま悪化しないことを祈りつつ。ともすれば自分でも病気のことなんて忘れてしまうので、時々自分が病気持ちであることを自覚して、うまくこの体で生きられる限り、生きてみようと思いなおすのであーる。こんなにがんばっていて、この体に感謝である。
それとともに、今年一年一緒に活動したミキちゃんが「ライブは月に一度か二度程度、無理をしない」スタンスであることに感謝している。放っておいたら過剰に予定を詰め込む、これももはや病気なので、ミキちゃんのペースで活動することによって、恐らくこのデュオはめでたく一年続いたのだと思う。早くも来年1月、2月、5月と予定が入り始めている。年間12回もライブできれば十分すぎるのだ本来。←自分に言い聞かせている。