10.「人流」? 「人狼」と間違えるから「人の流れ」と言って
「人狼」を止めないといけない?
コロナウイルス感染症が拡大したため、首長が市民に外出自粛を呼びかけた映像がテレビで流れています。
ああ「人流(じんりゅう)」か、「人狼(じんろう)」ってどういうことかと思っちゃった。「人の流れ」と言ってね――
と、ついテレビに向かってひとり言をつぶやいていました。
昨年から、コロナウイルス感染症にまつわる数々の耳慣れない用語や造語が世の中に流れています。
「コロナ禍」のように状況を端的に表して定着した言葉もあれば、うたかたのごとく、かつ消え、かつ結びて、長くとどまるものは多くありません。
この「人流」は、外を出歩く人の量、つまり人出とか人の流れを指しています。携帯電話会社などが集めたデータで測られ、「人流データ」と呼ばれているようです。手元の国語辞典の見出しにはない言葉です。
「人流」は携帯電話のデータを使って人の流れを測れるようになったここ最近、そのデータを利用するマーケティングなどの分野で使われている専門用語です。
ですからその分野に携わることがない人たちにとっては「耳新しい」言葉です。
しかも音読みなので、聞いただけではすぐに意味がわかりません。まあ「人狼」と聞き間違う人はあまりいないかもしれませんが。
その言葉を市民に行動の変容を求める呼びかけに使ったのは、不用意だったなあと思いました。事前に校正するなら「一般の市民にはなじみがない表現です。人の流れ、に替えますか?」と指摘出しをしていたでしょう。
さすがにアナウンサーは、首長の言葉として「人流」と伝えたあとで「人の流れ」と言い替えて解説していました。しかしその数日後には、「人流」が多くの人々の口に上っていました。
2021年4月28日、災害対策基本法が改正され、今までどんな避難行動を取ればよいかわかりにくいとされていた大雨警戒レベルが「避難勧告」は「避難指示」に一本化されるなど、より明確になるよう表現が変更されました。
災害時にどのように伝えたら一人も取り残さずに避難できるか、検討を重ねた結果です。
新型コロナ感染症の流行も、もはや災害とも呼ばれる事態であり、公的な機関から市民に伝えられる言葉は、つねに伝わりやすいかどうか熟慮されるべきものです。
校正するとき、これは違う表現に替えた方がよいと思ったら、「不適切」とか「変更」と赤字を入れて済ますことはしません。必ず代わりの表現を提案します。それがすぐに出てくることもあれば、かなり考えたり調べて時間がかかることもあります。
専門家が「人流」を使うのは致し方ないと思いますが、首長やつねに市民に向いて情報発信する立場の人は、替えた方がいい、と気づくべきだったのではないでしょうか。もしかしたら言い替え表現を考えるような余裕がなかったのかもしれません。
一般に漢字熟語の音読みでは訓読みより意味がすぐに伝わりにくい場合があります。専門用語も音読みや略語がよく使われ、不特定多数の人に向けた表現としては、言い替えたり、カッコ書きで説明を入れたりといった配慮が必要になります。
ところで「人狼」は「じんろう」と読むほかに訓読みで「ひとおおかみ」とも読みます。
子どもの頃、ヨーロッパの怪談を集めた本で、タイトルに「ひとおおかみ」が入ったお話を読みました。「じんろう」や「おおかみにんげん」「おおかみおとこ」よりも、何か得体のしれない怖さを感じたことを今でも覚えています。
より伝わりやすい表現を考えるときは、音読み、訓読みの違いに着目すると、よい表現のアイデアが浮かぶかもしれません。