
ありえない仕事術/上出遼平〜テレ東の人材輩出が凄い話とリアル重視時代のドキュメンタリーとエンタメの関係
会社を辞めるかどうか考えていた時、ロールモデルを探していたのですが、その時、目に止まったのが「テレビ東京のプロデューサーが面白いぞ」でした。
テレビ東京はキー局の中ではネット局も少なく番組制作予算も多くなく、親会社である日経新聞の強みである「ニュース」と、ポケモン、夕方&深夜アニメ枠以来の「アニメ」が強い会社という印象で、あとは、演歌と昔の映画、旅番組を放送している印象だったのですが、その後、「アサヤン」など独自色をもったバラエティ番組が登場。近年だと「モヤモヤさま〜ず」「家、ついて行ってイイですか」「YOUは何しに日本へ?」「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」など他局に負けない人気番組を多数放送されています。
そのテレビ東京のプロデューサー・佐久間宣行さんが「オールナイトニッポン」のパーソナリティーを担当されるという話を聞いて、「テレビ東京に在籍しながら外の仕事もできるんだ(どういう労務管理になっているんだ?)」と思いました。
当初はテレビのバラエティ番組制作で築いた芸人さんとの関係で、テレビの裏話ができる、大物芸人をゲストに呼べるのが番組の売りのように外からは見えていたのですが、じきにシンプルに元々ラジオが好きな佐久間さんがリスナー向けに普通にラジオをやっているんだなとわかりました。
その後、コロナ禍での配信イベントチケットがむちゃくちゃ売れた話とか、ラジコタイムフリーでの人気を聞くにつれ、芸能人ではない普通のおじさんなのに集客力すごいなーと思っていました。(今はもう十分芸能人なんだと思いますが)
そして2021年3月に満を辞してテレビ東京を退職。オールナイトニッポン出演、テレビ東京の番組制作も続けつつ、新たにNetflixでバラエティを作ったり、自分のYouTubeを立ちあげていきました。
また「家、ついて行ってイイですか?」を立ち上げた高橋弘樹さんがYouTubeチャンネル「日経テレ東大学」が100万人到達にも関わらず終了となってテレ東を退職。バラエティ番組を作る人としてABEMAに転職(「世界の果てに、ひろゆき置いてきた」)するとともに、自分の会社を設立してYouTubeチャンネル「ReHacQ」を立ち上げて「日経テレ東大学」のリベンジとばかりにビジネス動画メディアを発信開始。(先日の東京都知事選、兵庫県知事選挙で名をあげて開始1年半で登録者数118万人)
一方、テレビ東京のプロデューサーとして、最初に僕が名前を認識した「伊藤P」こと「モヤモヤさま〜ず」「やりすぎコージー」の伊藤隆行さんは2020年に部長、2023年に制作局長とテレ東の中で順調に出世されてます。
(※もう絶版しているっぽいですがモヤモヤ仕事術は発売当時読みました)
ロールモデルとしては「会社を辞めて自分がやりたいことをやる人」と、「会社の中で出世して自分がやりたいことをやる人」、当たり前かもですが2種類の人がいました。(テレ東の場合は、どちらも現状うまくいっているようなので、どっちが正解ということもないのかなと思います。)
そんな中、もう一人、面白いテレ東プロデューサーがいました。
それが上出遼平さんでした。
彼は、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」をヒットさせた後、2020年4月にテレ東のクリエイティブビジネスチームに異動。(*テレビもラジオも従来通りの番組制作、放送から得る広告収入だけでなく新たな収益ソースを模索しているので、おそらくそういうことをする部署だと予想します。)
そこでドキュメンタリー作品をポッドキャストで配信しようとして上層部からストップがかかり、なぜNGなのか何度も問い合わせたけど、ちゃんとした回答がなかったとのこと。その後、2021年4月に雑誌「群像」に寄稿したのちテレビ東京を退職。2023年にはニューヨークに移住しました。
「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は僕も周りの人のおすすめでNetflixで見ました。海外のマフィアや極めて貧しい人たち等が何を食べているのか取材するドキュメンタリー番組です。
番組のタイトル通り超ハード。日本に住んでいて、よくこんな危険なところに行く気になるなと思う場所に少人数で飛び込んでカメラを回しています。
そんな上出さんが今年、本を出されました。
それが「ありえない仕事術」(徳間書店)でした。
僕はてっきり、テレビマン、ドキュメンタリー作家としての上出さんの仕事のノウハウ、例えば危険地帯での撮影、リサーチ、アポの取り方、映像の絵作り…みたいな話が書いているのかなと思っていたのですが、その予想は…。
あまり言うと、この本の性質上、構造上、よくないように思うので避けますが、本の帯に書いてある「既存の様式を破壊する新ビジネス論」「独立・メンタル・企画の立て方・マスコミ・ドキュメンタリー」というキャッチに対して「嘘つき」「騙された」とは言えないけど、初見で持った印象とは大きく違う本でした。
余談ですが、この本の中に出てくるドキュメンタリーシリーズ「死の肖像」、僕はNetflixあたりで配信されていると思って、本のネタバレを警戒しつつも本を読んでいる途中で気になって検索してしまいました。
僕以外にも同じようなことをしている足跡が…

総じて僕は全編面白く読んだし、考えさせられる部分もあったのですが、ラジオマンとしては「仕事術」の部分で参考になる話もたくさんありました。
その中でもメモで残したのは…
(1)世界は私に興味をもっていない
(2)いかにニッチに思える自分の欲望でも誰かが同じ欲望を抱いている
(3)伝家の宝刀「Q&A」(問いかけと答え)…マスコミュニケーションの世界に代々伝わる虎の巻
(4)ドキュメンタリーとエンターテイメントの関係
この4つでした。
まず(1)について。これはラジオ番組もそうですが、最初に番組、コンテンツを始める時はファン(リスナー)はゼロ人です。そこからファンを増やしていかないといけない。ゼロからどうやって人を増やすのか?
そのための一つの手がかりが(2)「自分と同じこと考える人が世の中にいる」ということです。人の欲って一定程度共通するものなので、番組に気づいていなくても、気づいてくれる可能性のある人は人数の大小はあれど存在するということかと思います。
(3)の「Q&A」(問いかけ&回答の入れ子構造)が実は僕にとっては一番目から鱗でした。マスコミの一端に位置するラジオの世界に25年以上いましたが、文化放送ではそういうコンテンツ制作の虎の巻はありませんでした(僕が知らないだけかもしれませんが)。そして、知ってしまうと、そこまで難しい話ではなく、他の例(「クイズ番組」「水曜日のダウンタウン」「旅番組」「お笑い番組」「ドキュメンタリー番組」「報道番組」「情報番組」)をみてもちゃんと腹落ち、納得できる理論でした。
「ドラマ」「ゲーム」などのストーリーコンテンツも、基本的に同じで、分解してみるとQ&Aが入れ子構造になっていて、最後のAで全てが明らかになる、もしくは続編に繋がる仕掛けになっています。
上出さん曰くこれをテレビマンは皆知っているということですが、ラジオ業界的にも常識だったのでしょうか?僕だけ知らなかった…とかだと、ここで書くのは恥ずかしいですが。
とは言いつつ、今までもきちんと意識しないまでも、そういう理論に近いことはやってきました。例えば、ラジオ番組のDGS(神谷浩史・小野大輔のDear Girl〜Stories〜)だとサプライズというか、番組内の企画にせよ、番組外の企画(イベント、映画)にせよ、とにかくリスナーの予想を良い意味で裏切ろうとしてきたのですが、それって結局何のためにやっていたかというと、常にリスナーの頭の中に大きな?マークを出して番組に対する興味や、その後の展開への期待に繋げるということだったんだなと言語化できました。
「視聴者が知らず知らずにQ(問い)を投げかけられて、結果、A(答え)を求めて、その番組を最後まで見てしまう」と言うと、若干、制作側が視聴者を罠にはめているというような、ちょっと騙しているようなネガティブな受け取られ方もするかもしれませんが、そういうことではなくて、これはあくまでも手法(ツール)というか「手段」の話で、「目的」は「視聴者を楽しませる」「視聴者に気づいてもらう」「視聴者に伝える」ということにあります。
「目的」つまり、何のためにテレビを見ているのか、ラジオを聴いているのかは、「楽しむため」「必要な情報を得るため」です。
ただ、「楽しむ」のも「気づく」のも簡単ではないので、「楽しませるため」「思いを伝えるため」「情報を届けるために」、そこに行き着く、行き着いてもらう方法、道筋として、色々な手法が70年間考えられてきたのだと思います。
(4)の「ドキュメンタリー」と「エンターテイメント」関係というのも、この「目的」と「手段」の関係に近い話かもしれません。本来、ジャンルとして「ドキュメンタリー」は楽しませるというよりは、社会的課題や問題について世の中に伝える、もって解決を図ることにあります。一方、「エンターテイメント」は純粋に時間を忘れて楽しめる、感動とか気分の昂揚、日常を忘れて没入できること等を得ることにあると思います。
なので、基本的には別物なのですが、上出さんが退職して独立されたのち、仕事として求められたのが、「エンターテイメント」性の中に「ドキュメンタリー」性を注入することだったそうです。もともとは、社会の問題(貧困)を知ってもらうため、日本の価値基準だと不幸に見える中でも存在している「幸せ」に気づいてもらうために、ドキュメンタリーに「みんな大好き」グルメ要素を注入したのが「ハイパーハードボイルドグルメリポート」だったのに、その逆を求められると言うことが上出さん的には発見だったようです。そして、それは、今の時代がより過剰にリアルを求めている、エンタメを楽しんでもらうことにすらリアルが必要となっているからではないかと分析されています。
そしてドキュメンタリーとは何か、どうすればドキュメンタリー的なものが作れるのかについても書かれています。
そこで上出さんが言っていた、いかにドキュメンタリー作品とはいえ、カメラの前で語られる言葉と普段使っている言葉は同じものとはなり得ない。一人の時ですら自分に対して演じているのだ…という話はラジオマンとして僕も共感するところがありました。
ラジオは素が出るメディア、本音のメディア、パーソナルな部分が出ているるメディアと言われますが、ひとたび、それが電波であれ、配信であれ、人に向けて発信されるものとなると、それは本当の日常の言葉ではないと思います。とはいえ、だからといって完全なフィクションだとも思わず、じゃあ、なんだと言われると不特定多数に向けた自分の言葉、ラジオ的なものだと答えるしかないのですが。
日常の言葉とも違う、でも言わされているわけでもない、第三の言葉。
そして、それを引き出すためには「状況」を作る必要があるというのも、よくわかりました。ラジオ的には、それは収録前の打ち合わせだし、録り方だし、回を重ねることで喋り手、作り手の間に生まれてくる関係性なども「状況」に含まれるだろうと思います。
今までなんとなくでやってきたのですが、上出さんの「仕事術」の本を読んで、僕も自分の「術」と呼べるように、ちゃんと言語化して、物事に適用できるノウハウとできるよう意識してやってみようと思いました。
そして、上出さんについて思ったのは、前出の佐久間さんとも高橋さんとも違ってテレビマンというよりも、もっと作家に近いなと思いました。その辺りは、ご本人も語っていて開高健さんになりたいそうです。(笑)
そして、映像(ドキュメンタリー作家)を生業としていくためには、海外(英語圏)に出ることが必要だと考えています(対象ユーザーの数を増やすため)。なので2〜3年後の目標としては、映像であれ文章であれ英語で1本作品を作りたいということでした。
YouTubeの上記シリーズを見て、ちょっとアウトドアいいな、登山いいな、山歩きいいなと思った僕は、調子に乗って、上出さんの他の本も読んでみたのですが、、、、すごかったです。
「ありえない仕事術」に通じるところもありました。この本を読んで、しばらく後に、山を登る仕事があったのですが、ちょっと遭難の心配をしてしまいました。上出さんの文体としては明治、大正、昭和前期の文豪のようで、不思議な人だなと思います。これからも注目したいと思います。
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