かくれんぼ8月18日
あと1時間電車に乗るのに、行きで本を読み終わってしまった。そんなことはありませんか?わたし、いまそれです。かなしい……。もっと分厚いのにすればよかった。行間広い本だった……。
ダンスをしているここ数ヶ月。振り付けをして教えているのと、出演が2つ。昨日今日は久しぶりにスローというかコンテンポラリ的なジャンルを踊っていてとても楽しい。
髪の毛を切ったので、おろしたまま踊れるのが地味に嬉しいポイント。回るとポニーテールのゴムが毎回緩んでしまって、結び直すのがちょいと煩わしかった。
ダンスを踊ったあとに、公演で音源の前にいれるというインタビューを受けた。
質問は2つ。あなたは幼少期、どんな子供でしたか?その時の自分に、どんな言葉をかけてあげたいですか?
みんな答えがいろいろ。総じて、幼少期いい子。
わたしは、特に幼稚園生の頃は人見知りで、初対面の人に笑いかけるとかできなくて、周りをじーーーっと観察している子どもだった。基本的に世界が怖いのは、ちびっ子の頃から変わらないのかも。
そんなちび子には周囲の人間関係が変わらない一貫校はよかったのかもしれない。いつのまにかのびのび育って、前に出ることもできるようになったり。すごい変化。
今回踊る曲が作られた背景には、優等生と呼ばれていた友人がプレッシャーから、急に泣き出したというエピソードがあるらしい。
光の当たる、きらきらと輝いた一面。その影にあるものを忘れるなという歌詞だ。
優等生、わたしもそう呼ばれるときがあったけれど、すごい嫌だった。努力を急になかったことにされる気がして、同じ土俵でのがんばりを認めてもらえないような気がして。
わたしにある影の部分はなんだろう。ひたすらに本を読んで、別の世界に逃げ込むあの時間だろうか。絶対にその時間が1日のどこかにないとやっていけないという感覚はいまもある。
変わってない……。
その点でいうとダンスは陰でも陽でもない。本と同じように別の世界に行きたい感覚はあるけど、踊ってる時には自分を見つめなくちゃいけなくて、むしろ真逆の時間。自分をひたすら掘ると同時に、冷静に客観視もしなくてはいけない。
あのときの自分にどんな言葉をかけてあげたいですか?どんな言葉を……。
あのね、世界が怖くない場所があるんだよ。ほかには秘密の場所。いつかきっと見つかるよ。
でも、あの時のわたしにもあったのかもね。もう忘れてしまった、秘密の場所。