まだ、手放せる9月12日
あれ、と思った帰り道。うっすらとした違和感をそのままに鞄をあさる。やっぱりない、スマホを置き忘れてしまったみたいだ。
目線をあげると、会社をでてひと駅進んだところ。戻ろうと思えば余裕で戻れる。しかし、疲れて座ったところにちょうどきた準急。このまま乗って帰りたい。
逡巡している間に扉は閉まり動き出した。
まあ、1日くらいスマホがなくても大丈夫だろう。PASMOもモバイルじゃないし、待ち合わせもしていない。
ということで、すっぱり諦めて本を読む。『一線の湖』、水墨画の世界に浸かっていく。白と黒だけで世界を描くなんて、小説のつながるものがある。
駅に着いた。今ごろ何をしているかなぁと好きな人をおもう。家に帰って、夜ご飯を食べて、お風呂に入る。そして、いつもより1時間くらい早くお布団に潜った。
電気を消して暗くする。いつもだったら声が聴けるのに、無音の布団。寂しくもあり、想像を巡らすのは楽しくもあり、そして明日スマホに何も誰からも連絡がなかったら寂しいのだろうと思った。
翌朝、会社に着くと資料に紛れてスマホを発見。何となく不思議な気持ちで開く。
彼氏さんからのLINEとDMとメールと。ちょっとくすぐったい。試したわけじゃないんだけど、ちょっと心配させちゃってごめんねの気持ち。たぶん徹夜でスマホ見る暇ないかなぁと思ったから大丈夫かなと思ったんだけどさ。
InstagramにもXにもTikTokにも本当は用はない。特に発信はしないし、見にいくだけ。だからテレビとほぼ一緒。
相手に直接送る連絡手段だけが、どきどきする。つながりと思う。誰からも何の連絡もと思ったけど、彼氏さんとの連絡のことだけを考えていたかも。毎日話すのはそれくらいだから。
もしかしたら一緒に住み始めたらスマホは手放せるのかもしれない。
連絡がきているという、どこかで誰かが自分のことを考えて時間を使ったという事実の果実に病みつきになる。怖いような、まだスマホと離れられる自分でホッとしているような。
スマホを取りに帰る自分にいつかなってしまうのだろうか。