夏休み課題「相手の気持ちになること」

テーマ: 「相手の気持ちになること」について体験をふまえたあなたの考えを800字でまとめよ。

「相手の気持ちになること」、はっきり言えば、それはできない相談です。
それは、相手の気持ちと私の気持ちをハーフアンドハーフのピザみたいに持ち寄って、相手が照り焼きチキンピザで、私はガーリックシュリンプピザだけれども、私の持ってきたガーリックシュリンプを全て生地の上から取っ払って照り焼きチキン一色にしちまうってことなんじゃないですか。
私は照り焼きチキンピザが別に好きでもないし、第一折角のガーリックシュリンプピザがもったいないですから、今回は出題者の意図を汲み取って「相手の立場に立ったつもりで考えること」という程度にテーマに柔軟性を持たせたいと思います。
ピザの例えばかりで恐縮ですが、ある夏の日、私がバイクに乗ったピザ配達員の男性を路上で見かけたとします。その男性が目の前でバイクを止め、地面に座り座禅を組み、お経を唱え始めました。木魚も持参してポクポク叩き始めています。よく見ると座禅で組んでいる足と足の間に配達中のピザの箱を載せています。さて、どう考えたものでしょうか。
私は多分「あっ、この人、怖いな」と瞬発的に思うはずです。その次に「炎天下やのに、アスファルトに直で座って尻熱くないん?」と思います。その次に「お客さんのピザ、股間周りに持ってくるのアリなん?」と思うはずです。ただ、私はそこで踏みとどまります。「いや、この行為にも何か理由があるのではないか?全然無いかもしれへんけど」と。そうすれば「怖い人」という十把一絡げの感想からはある程度、解放されます。
電車でよく一人で大きな声を出している人に出くわすことがあります。時には叫びながら人に話しかける人もいたりします。それは多くの人にとっては「異常」かもしれないけれども、その人にとっては「普通」でありうる。それを怖い人として避け続けている限り、「相手の立場に立ったつもりで考えること」すら出来るはずがない、と私は考えています。(794字)

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