クリストファー・ノーラン監督『オッペンハイマー』(2023) 感想と視聴ガイド
クリストファー・ノーラン監督、キリアン・マーフィー主演の『オッペンハイマー』を見てきました。
※途中(4.)から一部内容に関する記述があります。核心部分は避けてますが、人によってはネタバレと思うかもしれません。
※単なるキリアン・マーフィーおたくの感想です。
※映画を見終えたら、ネタばれ満載のセリフ解説<前編:トリニティ実験まで><後編:トリニティ実験後>もどうぞ。
1.感想(ネタバレなし)
ノーラン監督の「ザ・ベスト」かどうかは好みによると思うけど、間違いなく「ワン・オブ・ザ・ベスト」には入る傑作だと思う。私のノーラン・ベストは『インセプション』だったけど、今日から『オッペンハイマー』をマイ・ノーラン・ベストとします。
最初の2時間はノーラン監督らしいスケール感で盛り上がり、最後の1時間は(ノーランおたくではない私には)ノーラン映画っぽくない感じで、でもそれが逆によくって、重みのあるサイコスリラー(心理的な恐怖をえぐりだす)映画になっていた。
最初に出てきたレビューで、最後の1時間は好みがわかれるみたいなことが書かれてたから心配してたけど、最後の1時間がなければただの良作、最後の1時間があるからこそ傑作になったんだと思う。最後の1時間は唇かみしめながら泣いてた。
2.視聴前のおすすめ予習(ネタバレなし)
私は予習として、原作の「Amerian Prometheus : The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer」(日本語翻訳ではなく英語原本)を一通り読んでおいたけど、原作読んでなくても話にはついて行けると思う。『TENET』みたいな複雑な話ではなかった。ただ、最初の1時間くらいかなり展開が早くて情報がいっぱい詰め込まれてるから、その辺は原作を読んでないと1回では理解しにくいかも。
予習として知っておくといいのは、
1.J.ロバート・オッペンハイマーがマンハッタン計画のリーダーで、「原爆の父」と言われていること
2.J.ロバート・オッペンハイマーが1954年聴聞会で公職追放*されたこと
*セキュリティ・クリアランスの更新拒否
3.1954年聴聞会の黒幕ルイス・ストロースが1959年に商務長官候補に任命されたけども米国議会上院に承認拒否されたこと
の3つ。特に3は知らない人も多いと思うけど、これも結構重要な軸になっているので、少なくともそういうことがあったこと(と、商務長官(日本の経産大臣)になるには大統領に任命されかつ上院に承認される必要がある(承認拒否されるのは異例)というアメリカの制度)を知っておかないと分かりにくいと思う。
あとはアメリカ原子力委員会(AEC)もどんなものかも一応知っておいたほうがいいかも。
3.演技と音楽(ネタバレなし)
ルドウィグ・ゴランソンの音楽が素晴らしいのは文句なし。ハンス・ジマーよりも繊細な感じがして、特に『オッペンハイマー』みたいに人物の心理に迫る映画にはぴったりだと思った。
俳優陣は、ロバート・ダウニー・Jrとエミリー・ブラントは見せ場があってすごくよかった。マット・デイモンも軍人らしい?不器用さを好演してた。フローレンス・ピューの場面は強烈だけど短時間だから原作読んでないと違和感あるかも。ラミ・マレックもキーパーソンとして映画のスパイスになってるけど原作読んでないと(読んでいても)誰?ってなりそう。
だけどなによりやっぱりキリアン・マーフィーでしょう!オッペンハイマーの複雑な心情をセリフなしで表現できるのはキリアンだからこそ。特に最後の1時間はキリアン・オッペンハイマーに胸が張り裂けそうだったよ。
4.主要登場人物紹介(映画にも出てくる歴史事実に触れてます)
登場人物がすごく多いけど、これだけ分かっていればだいたいあらすじは分かるというのは次の人たち。
J.ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー):主人公である「原爆の父」。ロバートと呼ばれたり、オッピー(オッペンハイマーが実際そう呼ばれていた)と呼ばれたりする。カリフォルニア大学バークレーで教鞭をとったあと、戦後はストロースの招きでプリンストンに移る。
ルイス・ストロース(ロバート・ダウニー・Jr):最初はオッペンハイマーを尊敬していて戦後プリンストン高等研究所に招くが、途中からオッペンハイマーと対立する。
レズリー・グローヴス(マット・デイモン):原爆開発の責任者である軍人。オッペンハイマーをマンハッタン計画のリーダーに抜擢する。オッペンハイマーとの信頼関係は戦後も続く。
ケネス・ニコルズ(デイン・デハーン):マンハッタン計画で原料調達を担当した軍人。秘密情報の管理が甘いとオッペンハイマーを批判する。
キティ・オッペンハイマー(エミリー・ブラント):オッペンハイマーの妻。高学歴だけど破天荒な人。オッペンハイマーは4人目の夫。元共産党員。
ジーン・タットロック(フローレンス・ピュー):オッペンハイマーの恋人。共産党員。
イジドール・ラービ(デヴィッド・クラムホルツ):オッペンハイマーの親友。
アーネスト・ローレンス(ジョシュ・ハートネット):カリフォルニア大学バークレーでのオッペンハイマーの同僚。バークレーで原爆開発に関わる。
ロッシ・ロマニッツ(ジョシュ・ザッカーマン):UCバークレーでのオッペンハイマーの最初の学生でマンハッタン計画でも助手的な役割をする。共産党と関与。
エドワード・テラー(ベニー・サフディ):マンハッタン計画に参加する。水爆開発を進めてオッペンハイマーと対立する。
デイヴィッド・ヒル(ラミ・マレック):シカゴで原爆開発に関わる科学者。戦後、ある重要な役割を果たす。
フランク・オッペンハイマー(ディラン・アーノルド):ロバート・オッペンハイマーの弟。トリニティ実験を助ける。一時期共産党員だった。
ニールス・ボーア(ケネス・ブラナー):量子力学の確立に貢献した理論物理学者。オッペンハイマーが尊敬している。
アルバート・アインシュタイン(トム・コンティ):ルーズベルト大統領に原爆の必要を訴える手紙を書いたけれど原爆の開発には関わらなかった。オッペンハイマーと違う立場の科学者として、映画のキーパーソンになっている。
ハリー・S・トルーマン大統領(ゲイリー・オールドマン):原爆投下を決定する。
ヘンリー・スティムソン(ジェームズ・レマー):第二次世界大戦時の陸軍長官で、原爆投下を決めた暫定委員会の委員長だった。
ハーコン・シュヴァリエ(ジェファーソン・ホール):カリフォルニア大学バークレーのオッペンハイマーの同僚。オッペンハイマーがソ連のスパイと疑われるきっかけを作ってしまう。
クラウス・フックス(クリストファー・デナム):マンハッタン計画に参加するドイツ出身の科学者。戦後裏の顔があったことが判明する。
ウィリアム・ボーデン(デヴィッド・ダストマルチャン):オッペンハイマーはソ連のエージェントだと告発し、1954年の聴聞会のきっかけを作る。
5.モノクロとカラー、時系列(内容に触れてます)
カラーはオッペンハイマーの主観、モノクロは客観的な視点で描かれているというのが事前のアナウンスで、確かにカラーはオッペンハイマーの主観で描かれていて、それがこの映画の面白さになってる。原爆は賛否両論とかいろいろな説があるところをオッペンハイマーの「主観」とすることで観客が物語に入りやすくなってる。
モノクロは、客観といえば客観だけど、どっちかというとストロースの視点かな。1959年の上院承認プロセスとAECがモノクロの主なシーンだった。
時系列展開が複雑なノーラン作品だけど、今作はそれほど複雑ではなかった。時系列・場面は、
1.1954年の聴聞会プロセス
2.1959年の上院承認プロセス(ときどきAEC関係が挟まる)
3.オッペンハイマーの人生(ケンブリッジ時代からフェルミ賞まで)
の3つでだいたい構成されていて、1と2が軸となって、そこから3のオッペンハイマーの人生のいろんなステージに飛ぶ、という感じだった。
あと、オッペンハイマーを分裂(fission)(核だけでなく色々な比喩も含め)と結び付け、ストロースを融合(fusion)と結び付けて、対立を際立たせる演出になっていた。核分裂は原爆に使われた技術、核融合は水爆に使われた技術で、水爆開発をめぐってもオッペンハイマーとストロースは対立してたからね。あとは、核の国際管理についての対立も出てきた。
オッペンハイマーは光、ストロースは陰、というのもカラーとモノクロで表現されていた。
6.トリニティ実験場面の感想(少し内容に触れてます)
事前にノーラン監督が、トリニティ実験の「美しさ」と「恐ろしさ」を描きたかったみたいなことを言っていて、「『美しい』なんていうとまた怒られるわー」と思ってたけど、実際見てみると、ノーラン監督の思惑通り、「美しさ」と「恐ろしさ」を感じる映像になっていた。観客も静まり返ってた。
確かに理論だけなら核分裂は美しいものなのかもしれない。けどこの映画は「美しい」だけで終わってなくて、そこには恐ろしい「帰結(consequences)」(これはこの映画のキーワードになってると思う)があって、その代償を払わなければならないというメッセージがしっかりあった。
7.オッペンハイマーは「後悔」したか(ネタバレに近い内容に触れてます)
日本人はついつい、オッペンハイマーが原爆開発を「後悔」したかとか、ノーランがオッペンハイマーを擁護してるかとか、そういう善悪を判断したくなってしまいがちだけど、この映画はその辺の決めつけを一切していないってことを書いておきたい。
その辺は本当に微妙で、オッペンハイマーは原爆開発に貢献したし、原爆投下のアドバイスをしたし、原爆投下阻止の請願書にも署名していないし、だけど広島・長崎への原爆投下を全面的に支持し続けたかというとその辺は本人しか分からない人には言えない苦しみや迷いが多分あったんだと思う(この辺は映画でもしっかり描かれてる)。この映画は、世界のためになると思って原爆開発を率いたオッペンハイマーが、その恐ろしい「帰結」の代償を払わされる話になってる。だけど、だからといってオッペンハイマーを擁護しているわけでもないし、良いとも悪いとも言ってない(贖罪的な話は出てくる)。あくまでオッペンハイマーがたどったであろう心のジャーニーを一緒にたどるだけで、あとは観客に判断を委ねてるんだと思う。
あとは、この映画は原爆開発とその「帰結」という話ではあるけど、科学の発展とその「帰結」にも応用できる話で、たとえばAI開発の「帰結」の恐ろしさに気付いている?というのもこの映画のメッセージだったと思う。
観た人に色々考えさせる傑作。
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