映画『オッペンハイマー』セリフ解説!<前編:トリニティ実験まで>
セリフが秀逸で難解な『オッペンハイマー』。でもセリフが分かると奥が深い!
気になるセリフを裏の意味も含めて解説します。当然、ネタバレ満載です。
※ストーリーの基本構成とか登場人物が分かっていないとセリフも理解できないので、そこが不安な人はまず感想と視聴ガイドを見てください。
※この記事は<前編>です。<後編:トリニティ実験後>もご覧ください。
※映画と同様の並びにしてるので、時系列には沿ってません。
※脚本はアマゾンなどで入手できます。脚本と映画でセリフが違うところは、記憶している限り映画で実際に使われたセリフを紹介してます。
※モノクロ部分のセリフは<モノクロ>と書いてます。
※映画の中のセリフの解説であって、時代考証ではありません。
※著作権法上の「引用」に当たると考えていますが問題があるとお考えの権利者の方はご一報ください(To the right holders: this article cites some lines from the Oppenheimer movie in accordance with applicable copyright law but please contact the author if you have any concern.)
We're not judges, doctor. (博士、我々は裁判官ではありません)
映画の冒頭、1954年聴聞会で「はい、裁判官」と答えるオッペンハイマーに、聴聞会メンバーが返した言葉。
聴聞会が通常の裁判ではないことが示唆される。通常の裁判ではないがゆえに、ストロースの思うままに卑怯なやり方で進み(たとえば証拠書類がオッペンハイマーの弁護人には提供されないシーンがあった)、最終的にオッペンハイマーのセキュリティクリアランスが否定されてしまう。
後で出てくるように、ストロースに対する1959年の公聴会も通常の裁判ではないことが示唆されていて、2つの手続のパラレルが意識されている。
'God doesn't play dice'(「神はサイコロを振らない」ですね)<モノクロ>
1947年にストロースがオッペンハイマーをプリンストンに招いた時(まだ2人の関係が良かった時期)、ストロースがオッペンハイマーに、なぜアインシュタインはマンハッタン計画に加わらなかったのかと聞くと、オッペンハイマーはアインシュタインが時代遅れで量子力学を理解していなかったからということをほのめかす。それに対してストロースが言った言葉がこれ。
この言葉はもともと、量子物理学の不確定性(現象に偶然性がある)に疑問を持ったアインシュタインが言ったもの。ストロースは、アインシュタインが量子物理学に理解がなかったことを示唆するためにこの言葉を引用している。
けどこのセリフにはもう一つ隠された重要な意味があると思う。後で出てくるように、オッペンハイマーは核爆発を起こすと連鎖反応が起きて世界が消滅してしまう可能性がゼロじゃなかったのに、賭けにでてトリニティ実験を強行する。不確定性に疑問を持ったアインシュタインと、不確定性があってもギャンブルした(サイコロを振った)オッペンハイマーが対照的な存在として描かれている。オッペンハイマーが、「神はサイコロを振るんだ」と発言するシーンもあるし、ギャンブルとか確率に関係する言葉やシーンがこの後も何度か出てくるのもオッペンハイマーの危うさを示唆してる。
You can lift the rock without being ready for the snake that's revealed. (石を取ると予想外の蛇が出てくるかもしれない)
ボーアがケンブリッジ大学時代の若きオッペンハイマーに言った言葉。この時は、オッペンハイマーが量子物理学を学ぶ準備ができている、という意味で使っているけど、原爆開発の時にもボーアはこの言葉をオッペンハイマーに言っていて、その時は、開発された原爆をどう扱うかの準備できていない(思わぬ軍拡競争を招いてしまう)懸念を示唆している。
Can you hear the music? (君はその音を聞けるか)
ボーアがケンブリッジ大学時代のオッペンハイマーに言った言葉。音楽は読むのではなく聞くものだと。量子物理学で大事なのは数学(オッペンハイマーは数学が苦手だった)の理解以上に直観だと示唆してんるだと思う。
ノーラン監督がインタビューで、アドバイザーのキップ・ソーンから量子物理学は直観が大事なところもあると言われたと言っていた。
Eat. (食べろ)
ケンブリッジ大学を出てドイツ、オランダ、スイスに行ったオッペンハイマー。
オランダのライデン大学で知り合ったラービがやせたオッペンハイマーにこう言ってみかんを差し出す。2人の友情の始まり。1954年の聴聞会でもラービが疲れ果てたオッペンハイマーにみかんを差し出すシーンがある。
Theory will get you only so far. (理論で分かるのはそこまで)
1929年にUCバークレーに赴任したオッペンハイマーにローレンスが言った言葉。オッペンハイマーのやっている理論だけでは限界があって、ローレンスの専門の実験物理学が必要だという意味。
だけど、オッペンハイマーは理論は分かっていたがその帰結(原爆の被害や軍拡競争)は分かっていなかったという意味でも使われていて、映画の中で同じようなセリフが何度も出てくる。
There's no going back. (後戻りはできないね)
最初はUCバークレーで量子力学を学ぶ人はほとんどいなかった。けれど「いったん量子力学で何ができるか分かれば…」と期待を込めて言うオッペンハイマーに、「後戻りはできないね」とローレンスが返す。
表では、量子力学を学ぶ人が増えるといいねという意味だけど、裏には量子力学を使っていったん原爆開発をすると、核開発競争が始まり止められなくなってしまうことを示唆してる。
'And now I am become Death … destroyer of worlds'(我は死なり。世界の破壊者なり)
あまりに有名な言葉。付き合っていたジーンに頼まれてオッペンハイマーがバガヴァッド・ギーターのこの一節を読み上げる。なぜジーンとのシーンで言わせたか、って議論があったけど、映画でジーンは死や破滅を象徴する存在だったしこれはこれでありかと。ここで言わせたノーランの発想がすごい。
It'll break before dawn. (夜明け前には晴れるだろう)
UCバークレー時代、フランクとローレンスと一緒に馬でロスアラモスに遠乗りに来たオッペンハイマーが言う言葉。ロスアラモスの天気を熟知していたから、トリニティ実験の時も嵐で実験できるか怪しかったけど、オッペンハイマーが夜明け前には晴れると予想しそれが当たったから実験できた。
遠乗りの時、ニューメキシコ(ロスアラモス)と量子力学を結び付けられたら最高だ、とも言っていて、マンハッタン計画の場所はオッペンハイマーが選んだ。
September 1, 1939 - the world's gonna remember this. (1939年9月1日、世界はこの日を忘れないだろう)
この日ブラックホールについてのオッペンハイマーの研究が発表されたのを見て、ロマニッツがオッペンハイマーに言った言葉。けれども実際にはドイツのポーランド侵攻が同日にあって、別に意味で忘れられない日になった。
そして広島原爆の後の演説で、オッペンハイマーが同じようなセリフ「世界はこの日を忘れないだろう」を言ってる。
研究で記憶に残ると思ったのに、原爆で記憶に残ってしまった運命の皮肉を表してるんじゃないかと思う。
ノーラン監督は、フィクションでは作れない歴史の偶然だと言っていた。
Until they don't. (必要とされなくなるまではね)
マンハッタン計画のリーダーになって国中から科学者を集めるオッペンハイマー。ナチスと戦う国家的危機だから政治思想に関係なく科学者が必要とされている、と話すオッペンハイマーに、ある科学者が言った言葉。
その言葉通り、オッペンハイマーは戦後政府に見捨てられてしまった。
You drop a bomb and it falls on the just and the unjust. I don't wish the culmination of three centuries of physics to be a weapon of mass destruction. (爆弾は正義も不正義もなく無差別に落とされる。300年の物理学の成果が大量破壊兵器に利用されてほしくない)
オッペンハイマーの親友ラービの言葉。オッペンハイマーはラービもロスアラモスに来るはずだと思い込んでいたが、ラービはこれを言って来なかった。
ラービはある意味初めから原爆の問題を分かっていた。
Take off that ridiculous uniform - you're a scientist. (そのバカげた軍服はやめろ。君は科学者だろう)
グローヴスに言われてはじめはロスアラモスで軍服を着ていたオッペンハイマーだけど、ラービにこれを言われてアイコニックなスーツにポークパイハット、パイプのスタイルに変えた。
That would be treason. (そんなことをしたら反逆罪だ)
ソ連に情報を提供してほしいと言ってる人がいるとオッペンハイマーに伝えるシュヴァリエにオッペンハイマーが言った言葉。オッペンハイマーはソ連に情報提供しなかったけれど、シュヴァリエとの会話を中途半端に政府に伝えたことで、戦後ソ連との関係を疑われ、聴聞会にかけられる理由を作ってしまう。
This is not a court. (ここは裁判所ではない)<モノクロ>
1959年のストロースに対する公聴会で、裁判なみの細かい手続を求めるストロースに、公聴会の議長が言い放った言葉。1954年のオッペンハイマーに対する聴聞会はストロースの差し金で裁判と違う卑怯な手続となったわけだけど、1959年の公聴会も(理由は違うけど)裁判と違う手続で行われた。ストロースも、最初は裁判じゃないから楽勝と言っていたけど、結局裁判じゃないがゆえに思わぬ不利な証言をされて憂き目を見ることになった。
ノーラン監督の天才的な発想で実現した聴聞会と公聴会のパラレル。
Compartmentalization was supposed to be the protocol. (情報共有しないのがルールのはずだった)<モノクロ>
マンハッタン計画で軍人として駐在していたニコルズが言った言葉。
ロスアラモスでオッペンハイマーはいろいろな人と情報共有してマンハッタン計画を成功に導いたけど、ニコルズはマンハッタン計画当時オッペンハイマーが情報共有を重視していることに不満を感じていて、戦後オッペンハイマーの敵になった。
To end all war. (すべての戦争を終わらせるため)
戦争中アメリカに逃亡してきたボーアがオッペンハイマーに「開発中の原爆は十分に大きいか」と聞き、それに対してオッペンハイマーが「この戦争を終わらせるために?」と聞き返すと、ボーアがこう答えた。
オッペンハイマーもボーアも、原爆がすべての戦争を終わらせ平和をもたらすと信じていた。
You don't get to commit the sin, then have us all feel sorry for you that it had consequences. (自分の犯した罪が大変な帰結をもたらしたからといってみんなが同情してくれると思ったら間違いよ)
ジーンが死んだあと泣き崩れるオッペンハイマーにキティーが言った言葉。表面的にはジーンとの不倫を責めてる言葉。
だけど裏には、原爆投下という罪を犯して予想外の帰結に後悔して泣いているからといって誰も同情しない、という意味があると思う。
Lewis, if we build a Hydrogen bomb, the Soviets would have no choice but to build their own. (ルイス、我々が水爆を作ればソ連も作らざるを得なくなる)<モノクロ>
1949年にソ連が原爆開発に成功した後のシーン。水爆開発を求めるストロースにオッペンハイマーが言った言葉。
ソ連との軍拡競争を招くからと水爆開発に反対するオッペンハイマーと、抑止力のためにソ連の持ってるよりも威力の大きい核兵器を持つ必要があると主張するストロースとの対立が強まったシーン。
Hitler's dead. That's true. But the Japanese fight on. (ヒトラーは死んだのはその通りだが、日本は戦争をやめていない)
終戦間際、ロスアラモスの科学者の中に、ドイツが負けて日本も敗戦濃厚だから原爆を使う必要がないんじゃないかという人が出てくるけれど、それに対してオッペンハイマーが言った言葉。日本との戦争が続いているから使う必要があるんだというのが原爆使用を止めなかったオッペンハイマーの「言い分」だった。
だけど、オッペンハイマーは自分の「言い分」が間違っていたことに後から気がつくことになる。
We're theorists - we imagine a future, and our imaginings horrify us. They won't fear it until they understand it, and they won't understand it until they've used it. (我々は理論学者。我々は未来を想像する。恐ろしい未来だ。彼らはそれを理解するまでは恐れない。そしてそれを実際使わないと理解しないのだ。)
ドイツが負けても原爆を使用する必要があることをオッペンハイマーが科学者たちに説明するシーンでいう言葉。「彼ら」が誰かははっきりしないけど、ノーラン監督のインタビューから想像するに、「彼ら」はどうやら「世界」を指しているよう。オッペンハイマーたち科学者は恐ろしい未来を避けようとしていて、原爆を実際使わないと世界はその恐ろしさに気がつかないから原爆を使う必要があるんだ、という意味だと思う。
けれど深読みすると、「彼ら」というのはオッペンハイマーたち科学者自身を指してるようにも思える。ていうのも、今(マンハッタン計画中)は恐ろしい未来を避けるため原爆を開発することだけを考えていて、「それ」つまり「原爆」を恐れていない。けれど原爆を使って初めて科学者も原爆の恐ろしさを理解する、という意味じゃないかと思う。
'Batter my heart, three person'd God', Trinity (「われの心を砕け、三位一体の神よ」トリニティ。)
グローヴスに原爆実験の名前を聞かれ、オッペンハイマーが答えた言葉。ジョン・ダンの詩の引用らしい。トリニティ実験の名前の由来。
オッペンハイマーがなんでこう言ったか分からないけれど、死を意識していたのかなと思う。
That's not how weapons manufacture works, Szilard. (兵器の開発はそういうものではないんだ、シラード)
終戦間際、原爆使用阻止の署名を求めるシラードにオッペンハイマーが言い放った言葉。ナチスドイツに対して使うことを想定して開発した原爆だから日本に使う必要はないと言うシラードに対し、いったん開発した兵器を使用しないわけにはいかないことが示唆されてる。
オッペンハイマーはこれを言う前に、そもそも原爆開発したのはアインシュタインとシラードが原爆開発をルーズベルトに提言したからだという責任逃れ的なことも言っている。
ただ、原爆投下を決定する暫定委員会で、オッペンハイマーが原爆投下について科学者の意見が割れていることをスティムソンに伝えようとするシーンもあって、このあたりから原爆に対するオッペンハイマーの立ち位置がぶれ始める。
I've taken Kyoto off the list because of its cultural significance to Japanese people. Also, my wife and I honeymooned there. It's a magnificent city. (京都は外した。日本人にとって文化的な重要性があるし、私たち夫婦の新婚旅行先だからね。素晴らしい所だ)
原爆の投下場所を選定するための暫定委員会会議でのスティムソンの発言。投下場所の選定がスティムソンの独断と偏見で決まったことが示唆される。京都の発言の後、暫定委員会参加者の間には気まずい沈黙が流れていた。
英語圏の映画レビューはこの発言を「恐ろしい」「ぞっとする」と表現していて、当然だけど、面白いジョークとは受け取っていない。
I'll send a message. If it's gone our way, 'Take in the sheets.' (メッセージを送るよ。実験がうまくいったら、「シーツを取り込んで」と伝える)
トリニティ実験の直前、洗濯物のシーツを干しているキティにオッペンハイマーがかける言葉。トリニティ実験はうまくいき、実際オッペンハイマーは「シーツを取り込んで」とメッセージを送る。
だけど、1954年の聴聞会ではセキュリティクリアランスが否定されて、オッペンハイマーがキティに「シーツを取り込まないで」と電話で伝えるシーンがある。
<後編:トリニティ実験後>に続く
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