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知らないオジサンと紙風船
私がまだ幼い頃のことです。ある時、私一人で留守番をしていると、知らないオジサンがやって来た。その人は身なりはきちんとしていて、背広を着ていた。うちに定期的にやってくる、富山の置き薬のオジサンによく似ていたので、おそらくそうだろうと思った。
その当時、置き薬のオジサンは、うちに置いてある薬箱を確認して、使用した分の薬の代金を回収し、新しい薬を箱に入れてくれるのである。そして、子どもには、何かしらのおもちゃをくれる優しいオジサンでした。
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その背広のオジサンも、とても優しい口調で話かけてきた。好きなマンガはなんだとか、いつも何をして遊ぶの、などと子ども目線の質問をしてきた。私も気分をよく答えていた。
そのうちポケットから紙風船を1枚取り出して、私にくれた。それは、膨らませる前の紙風船で、どうやって遊ぶか私は知らなかったので、オジサンは息を吹きかけて膨らませて、遊ぶということを私に教えてくれた。
私が面白がって紙風船で遊んでいると、オジサンは、「坊や、お米のあるところは、知っている?」と聞いてきた。
私は、置き薬のオジサンは米のことは話題にしたことないから、少しおかしいなと思ったけど、「知っているよ」と答えてしまった。
するとオジサンは、一升枡を取り出した。そして「これにお米を入れてくるかな、オジサンはお米の検査をする仕事なんだ」というのです。
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その言葉をそのまま信じて、私はオジサンから一升枡を受け取り、うちの米びつから米を並々に入れて持ってきてあげた。「上手に入れられたね」と褒めてくれた。
オジサンは、私に妹がいることを知ると、妹の分も紙風船をくれて帰って行った。
親が帰ってきてから、このオジサンの話をすると、どうもこのオジサンは乞食だということが分かった。
その当時、うちの近所には乞食がときどきやってきた。お金をくれと言うこともあるが、お米があればそれでいいと言う乞食もいた、ということなのでびっくりした。親はお金が取られていないか、慌てて確認していた。お金の被害はなかった。
背広を着ていて身綺麗なオジサンだったけど、確かに大きな布の袋を持っていた。その男は、その布袋から一升枡を取り出していた。その布袋にはお米が入っていたのでしょう。
身なりで人は分からないものだと、幼いながらも思ったものでした。