『有権者八百万九十九の独裁』
《ツクモ、起きなさい。賛成六億票の過半数で結審しました。あなたは可及的速やかに起床する必要があります》
「いっけねー!遅刻遅刻!」
激しいキックに叩き起こされた長身の少年が鳩サブレを頭からかじりながら長い坂を駆け下りていく。
「ぐわわっ!!」
点滅し始めた横断歩道に差し掛かった直後に急停止!眼前を猛スピードのトラックが駆け抜けていった。
《ツクモ、信号停止違反及び危険性走行物の接近により緊急決議、過半数の承認を得て走行を緊急停止しました》
「急がせるのか止めるのか、どっちにしろもっと優しくしてくれよ!」
赤信号に向かって全力疾走で足踏みをする少年の名は、八百万九十九(やおよろずつくも)男性17歳。高校二年生。身長180cm。代打部所属。潜在有権者数約八億。
「みんな!おはよー!」
「ツクモ、おはよう!」
「また試合で頼むぞ、ツクモ!」
「あっ ツクモくん……」
ごくごく普通の高校生だった彼の世界は18歳の誕生日を境に激変しようとしていた。彼の体内に寄生する生命保持用高度AIナノマシン約八億体が選挙権を主張し、それが最高裁で認められたのだ。つまり18歳の誕生日を迎えれば、彼はめでたく八億の票田をその身に宿した地上最強の独裁有権者となる。
《ツクモ!》
「2-B」の扉の前で急停止。眼前をギロチン分度器が落下していく。
「あっぶねー!」
「よくも避けたわね!」
ツクモを睨み付けるのは蝶野フローラ。ツクモの幼なじみ。
「あんたみたいなやつが選挙権を手に入れたらこの世の終わりよ!」
なおも、殺人コンパスを投げつけようとするフローラをクラスメイトがなだめながら、いつもの通り朝礼が始まる……はずだった。
───ヒュン
クラスメイトのほとんどは銃弾がツクモの頭部に着弾するまで気が付かなかった。殺意を察知できたのはツクモ自身とわずか数名に過ぎない。長身が血しぶきと共に壁に叩き付けられた。