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『通勤中に読む本が尽きると死ぬ男 vs 京浜東北線』
ま・ず・い!今日は仏滅か!?
まさか2冊目の文庫本を忘れるとは!
完全に油断した。京浜東北線がまさかの車両トラブル。
「大井町駅でのお客様同士の乱闘を鎮圧するため駅長が参戦したためしばらく運行を見合わせます」
なんだよそれ!手元の文庫本の残りは30ページ弱。あと10分もかからずに品川へ到着するはずだった。
事件解決。読了。余韻を残して下車。
素晴らしい朝の始まりになるはずだったのに……。
状況を整理しよう。
俺は通勤中に読む本がなくなると窒息して死ぬ男だ。移動時間の全てを読書に没頭することで通勤や社会の痛みを麻酔している。中国の故事でも似たようなやつあるだろ? つまりそういうことだ。
手元には昨晩ちょっとだけ読み進めてしまったミステリーが1冊。これはもうすぐ事件が解決してしまう。残りは約30ページ。
俺はそこそこ読むのが早いのでペース調整をしないと10分以内に読み終わってしまう。品川まで1.5駅だからペース調整は完璧だったはずなのにクソッ!
京浜東北線は駅間で停車している。大井町駅の乱闘が鎮圧されるまで身動きできなそうだ。
そろそろ苦しくなってきた。先を読まなければ俺は死ぬ。
少し、少しだけとページを探る。まず2ページ。残り28ページ。1分1ページずつゆっくり読めば品川までは生き残れるはずだ。
深呼吸をしろ全細胞で活字を吸い尽くせ。一文字足らず噛み潰しクソも出ないくらい読み込んでやる。
5分後。
あああーーーー!面白すぎて読み終わってしまった!! まさか容疑者がそのまま犯人だったとは……。
電車は? もちろん1ミリも動いていない。
「大井町駅での乱闘に乱入した謎戦士マスクド副駅長の正体が判明するまで運行を見合わせます」
「それは副駅長だろ!」
あっ……
現世へのツッコミにより、俺は本の世界に繋ぎ止めていた最後の意識を手放した。視界が徐々にブラックアウトしていく……
暗闇の中、ポケットを探りスマホを引き寄せる。たしか……何か1駅分のエッセーや小説を募集している企画があったはず……意識を繋ぎ留めろ!
視界復帰。スマホでNoteを開き #一駅ぶんのおどろき へアクセスする。 すごい!おどろきや発見があるショートストーリーがいっぱいだ。
俺は一覧の中からある作品に目を留めた。
ハハッ 俺みたいなやつだな。
俺は小説の世界へ没入していった。
ま・ず・い!今日は仏滅か!?
まさか2冊目の文庫本を忘れるとは!!
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