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あなたはどこにいるのか - ubies 庄野裕晃のコラム

1990年の始め頃、就職を先延ばしする免罪符を得るかのようにワーホリビザを取り、カナダのトロントに滞在していた。そこには、後の人生に多大な影響を及ぼす邂逅が待っていた。サンフランシスコから来た背が高く面長なマイクと、オーバーサイズのスタジャンを着こなす小柄なキャットのふたりとの邂逅だ。

ある日彼らに「トロントを皮切りに世界中でレイヴを開いて回るんだ。一緒にやらない?」と誘われ、好奇心だけで仲間に加わり、割れた鏡とロフトのベッドしかない彼らのアパートに転がり込んだ。外壁一面にはグラフィティ、屋上近くには大きな昆虫のようなオブジェが危なげに設置されていて、インディーズシーンを支えるライブハウスや美大のアトリエを連想させるアパートだった。

住人は、管理人でモデルのような黒人カップルとドーベルマン、そして若い俳優、アーティスト、ミュージシャンなどクリエイターの卵ばかり。共有キッチンと1Fのパブで住人同士が知り合う機会があり、地元のレコード店や戸建ての友人宅で開かれるクラブパーティなどによく連れて行ってもらった。

※ 現在の現地


マイクは無邪気で気の良いやつだったので、世界中でレイヴを開く計画は次々に人を巻き込んでいった。なかなかのお調子者でもあった彼には「ヒロ、レンタカー代を出しておいてくれない?」と、さりげなくお金の無心をされた挙句、そのままNYの有名DJに出演オファーをしに行ってほしいとせがまれ、キャットとふたりで一晩中レンタカーを走らせた、みたいな目に合わされることもしばしば。

万事がそんなノリなので、他の出演者のブッキングは当然のこと、会場探しなど何でもかんでも降りかかってきたが、そんな日々は最高に楽しかった。

そしてついに、レイヴは郊外の雰囲気ある倉庫でやることに。NYからは有名DJもちゃんと来たし、サンフランシスコからは何故かコリー・フェルドマン(映画“スタンドバイミー”でメガネ少年のテディ役)がゲストとして登場して熱唱したり、MTVの取材も入ったりしたが、とにかく交通の便が悪く宣伝も不十分で、客が全然入らず大赤字の大失敗に終わる。

当然、レイヴは世界中で開催できるはずもなくトロントだけで閉幕。首謀者であるマイクはキャットを置き去りにして、すぐに逃げていなくなってしまった。マイクにお金を貸していたのは自分だけではなかったらしく、みんな必死に探し回ったがついに見つからず。

それから半年ほどが過ぎ、日本へ帰る前に、トロントから北アメリカ大陸の反対側にあるサンフランシスコに立ち寄った。そこで不意に「ヒロ、何してんだ!」と声をかけられた。まさかとは思ったが、トロントで蒸発したあのマイクが満面の笑みで立っている。

聞けば、サンタモニカのゲストハウスで部屋の掃除をする代わりに無料で泊めてもらうなど、相変わらずな暮らしぶりだそうだ。そして、例によって「ヒロ、腹減ってないか?」と、カップヌードルをねだられ、ふたりで食べた。なぜか憎めず一緒にいると楽しいマイクだったが、これを最後に会うことはなかった。

自分探しの真っ只中だった当時、音楽、写真、絵がなんとなく好きという手がかりしかないまま、深い考えもなく訪れたトロント。マイクとキャットに誘われ転がり込んだアパートで出会うクリエイターの卵たちは、それぞれ独特で格好良く、新しいことが生まれそうな気配に満ちていた。

マイクとの再会が強烈に自分の中に残っているのは、きっと彼自身が、"セレンディピティの源泉" とも言うべき存在だったことに意味があるのだと、今になって思う。

もしかしたら、ラテン語で “あなたはどこにいるのか” を意味する “ubies” と名付けたことにも関係があるのかもしれない。この青臭く鮮明な記憶が、ubiesが目指す世界の原風景なのだろう。


📩 このコンテンツは、9月9日配信の ubies Newsletter vol.3 に掲載されたものです。

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