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宇宙の神秘

はじめまして、山下と申します。
彼(UBEBEさん)は、世界一面白い小説を執筆しています。
かれこれ百万字くらい書いていて、もう腹がよじれて雑巾しぼりになるくらい面白いのですが、彼はそれをただ執筆するのではなく目をつぶって書いているのです。これには私も驚きました。
ブラインド・タッチというくらいですから、キータッチだけなら練習すれば誰でもできます。
でも彼は、漢字変換までも完璧にこなしているのです。音声によるガイダンス等はありません。
何かしらの経験則をもとにして、変換キーを何回押せばどの漢字になるのか、わかっているようなのです。
さすがに「本当は薄目を開けてるんじゃないの」と疑いましたが、それもありませんでした。
これはもう才能というしかありません。

ここで私と彼の関係について説明しなければなりません。
およそ二時間前、私は外を散歩していました。そこにいきなり彼が現れて、
薬のようなものをかがされて、気が付くと彼の部屋にいたのです。
以上です。

彼は一秒間に百字のペースで執筆をつづけています。
もうすぐ完成するでしょう。
しかし、そこで問題が発生しました。根底を揺るがす大問題です。
彼の漢字変換が完璧すぎて、目をつぶって書いた感じがしないのです。
それでなくても、へそで小さめの茶畑くらいの茶なら沸かせるほど面白いのですが、目をつぶって書いたプレミアム感を伝えることができない。
それでは、あまりにもったいない。
そこで、私が筆を執ることにしたのです。

「すみません、UBEBEさん。お話があるんですが」
『どうしました?』
「これって目をつぶって小説を書いてるのがすごいと思うんですけど」
『ええ。そう信じております』
「でも、ただし書きに〝なお、目をつぶって書いております〟って入れるだけじゃ足りないと思うんですよ」
『どういうことでしょう?』
「つまり、嘘でも書けるということです。本当は目を開けて書いておいて、ただし書きの一文を入れればいい」
『私はそんな卑怯なことはしません』
「そうですね。でもそれが、読者に伝わるでしょうか?」
『なるほど。証明にはならないとおっしゃりたいのですね』
「その通りです」

そこから、私と彼は色々と議論しました。その間も彼は、秒速百字のペースで書き続けています。
もうあとがきに入りました。あとがきだけで軽く十万字を超えています。
そして、このような結論にいたったのです。
UBEBEさん自身に書けないことを書けば、それが私がここに存在する証明になる。
そうすれば、彼が目をつぶって書いていることを、客観的な視点である私が証明することができる。

彼自身に書けないこと、つまり、「彼の知らないこと」を書けばよい。
とはいえ、彼の知らないことを探すのはとても大変でした。
部屋にあるものは彼の方がくわしい。
ネットで調べられるようなことでは意味がない。
彼自身が知らない、かつ、他の誰も知らないことでないと意味がないのです。
そして私は、彼の身体のうち、彼の目が届かない場所を調べればよいと気付きました。

「すみません、UBEBEさん。ちょっと服を脱いでもらえませんか」
『その必要があるのですか?』
「はい。とても大切なことなのです」
『わかりました。どこまで脱ぐのですか』
「全部です」

こうしてUBEBEさんは全裸になりました。
その間も執筆をつづけて、あとがきは第六章に入っていました。
私は、彼の身体をまじまじと見つめました。
背中、腰……。彼自身に見えない場所を懸命に探していきます。
毛穴の一つひとつまで、名探偵シャーロック・ホームズのように念入りに調べます。
見れば見るほどとても広大で、まるで宇宙のようでした。
「宇宙みたいですね」
『なるほど。人体は宇宙、と誰かが言っていましたね』
彼は全裸のまま、カタカタと執筆しながらそう答えました。
しかし残念ながら、これといったものは見つかりませんでした。

「ちょっと四つん這いになってもらえませんか」
『わかりました』
彼が四つん這いになると、宇宙の深淵たるブラックホールが現れました。
直視する勇気がなくて、眼鏡を外してからそれをまじまじと見つめました。
『宇宙は見つかりましたか?』
「いいえ。でも、うんこの小さいやつなら見つかりました」
『そうですか。うんこは宇宙ではありませんね』
私は懸命に、ブラックホールの噴出口を調べました。
眼鏡を外したせいで、顔をうんと近付けないとよく見えません。
私は、眼鏡を外した数分前の自分を恨みました。
しばらく見ていると、あることに気付いたのです。
「あの、UBEBEさん」
『宇宙は見つかりましたか?』
「先ほどのやつは、うんこじゃありませんでした」
『そうだと思いました。私はうんこなどしませんからね』
彼は当然のようにそう言いました。
「うんこじゃなくて、ホクロでした」
『ホクロ? そうですか、ホクロも宇宙ではありませんね』
「いえ、これは……間違いなく、宇宙です」
『それは、どういうことですか?』
「すみません。これ以上は教えられません」
そう、彼に教えてしまうと、私だけの秘密にならないからです。
私は人体は宇宙という言葉を噛みしめました。

そのホクロはまるで――

    夜空に輝くオリオン座のように、綺麗に三つ並んでいたのです。

この話は私しか知りません。そして、今初めて公開したものです。
私は、彼に気付かれないようにその写真を撮影しました。
下記に示す写真が、私が嘘をついていないということ、そして、
彼が本当に目をつぶったまま二百万字の小説を書き上げたことを証明してくれるでしょう。

それでは、ご覧ください。これが、宇宙の神秘です。





(※不適切な画像が削除されました)




おわり

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