頑固メン
ラーメンの〝口〟になっていたので、お昼はラーメンに決めていた。
ただ僕の行きつけのラーメン屋は長蛇の列だった。
最近、グルメ番組で取り上げられたせいだろう。調子に乗りやがって。
知る人ぞ知る、隠れ家的なお店だったのに…台無しだ。
代わりの店を探していると、路地裏に良さそうな店を見つけた。
小ぢんまりしていて、何よりうす汚い。
うす汚い店のラーメンは旨い
うす汚いのれんをくぐり、うす汚い店内に入る。
「らっしゃい!!」
ハチマキを巻いた店主が威勢のいい声を上げた。
調理場には店主一人だけしかいない。
店主はいかにも頑固者といった感じの四角い顔をしている。
つまりこういうことだ。
顔が四角い店主のラーメンは旨い
さて何を注文しよう、と店内を見回したがメニュー表がどこにもない。
壁に貼ってあるタイプも、テーブルにぱりぱり貼りつくやつもない。
僕の中のラーメンアンテナがびんびん反応した。
この店もしかして……〝こだわり系〟か?
説明しよう。
〝こだわり系〟の店では、店主がラーメンにこだわりすぎるがゆえに
独自のめんどくさいルールが存在したりする。
スープから飲めだの麺から食えだの色々言ってくるのだ。
だてに四角い顔はしてないな、店主よ。
僕のほかに客は一人だけだ。見るとラーメンをすすっている。
スープの感じからしてとんこつベースのようだ。
なるほど。無難にラーメンで行っとくか。
そう思っていると、新しい客が入って来た。
常連かもしれないので、何を注文するか観察することにした。
「えーと、ラーメンと、あとチャーハンお願いします」
「……チャーハン?」
店主の表情が変わった。まるで鬼の形相だ。四角い鬼。
いやな予感がした。ラーメンをすすっていた先客が「あちゃー」という顔をしている。
「うちは麺しかやってないよ。メシ屋じゃねえんで」
やはり〝こだわり系〟だった。僕はこの客を泳がせて正解だと思った。
「チャーハンないの? じゃあラーメンと餃子でいいや」
「……餃子?」
僕もさすがに「餃子?ハァ?」と思った。この客は空気が読めないらしい。
「うちには麺しかないよ」
「えっ。餃子もないの?」
「そんなに食いたけりゃよそに行きな!!」
空気の読めない客は追い出されてしまった。
少しかわいそうだがまぁ自業自得だし、僕にとっては尊い犠牲だ。
おかげで店主のこだわりのアルゴリズムは解析できた。
要するにラーメンしかやってませんということだ。
いよいよ注文しようと思ったとき、また一人客が入って来た。
その客は店主にむかって「よっ!」と片手を上げて挨拶した。
店主に「よっ!」ってしたやつほぼ常連
僕の見立てでは常連である確率が92%だった。
もちろん待ちの一手だ。常連なら外すことはないだろう。
さて、この人は何を注文するのか。
僕はコップの水を飲みながら彼の言葉を待った。
「じゃ、ナポリタン」「あいよ」
思わず鼻から水が出た。
ナポリタン? あいよ?
思考が追いつかない。さっきの鬼の形相は何だったのか。
〝こだわり系〟じゃなかったのか? あろうことかナポリタンなんて。
僕は店主の言葉を思い出した。
「うちは麺しかやってないよ」
そうか、そういうことだったのか。
ラーメンとはひとことも言ってないではないか。
僕は即座にアルゴリズムを修正した。そう、店主のこだわりは〝麺〟だ。
お昼のピーク時間になったので客がどっと増えた。
彼らの注文をまとめるとこんな感じになる。
・ラーメン 〇
・チャーハン ×
・餃子 ×(退店)
・ナポリタン 〇
・焼きそば 〇
・焼きおにぎり ×(退店)
・冷やし中華 〇
・そうめん 〇
・カレーライス ×(退店)
・カレーうどん 〇
幾多の犠牲のもと、今度こそアルゴリズムが完成した。
ありがとう。あわれな子羊たちよ。
皆への感謝を胸に、お腹がぺこぺこになったので注文することにした。
無難にラーメンを注文しようとして、僕は踏みとどまった。
どうしてもアルゴリズムの限界を確かめたくなったのだ。
行けるか、どうだろうか。
僕は意を決して、店主に声をかけた。
「そばめし」
そのときの店主の顔が忘れられない。
鬼の形相になったかと思うと元に戻り、またそれを繰り返し
何度も何度も行ったり来たりしているのだ。
その姿はまるで0と1の重ね合わせで成り立つ量子ビットのようだった。
しばらくして、店主は言った。
「あいよ」
僕はついに戦いに勝ったのだ。皆の犠牲のもとに。
そして出て来たそばめしを食べた。旨かった。
おわり
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