眠れぬ夜に-16-
第16夜
『木成苺』
北西の山を背に南東に開けた臨海部の畑には、人の背丈ほどの苺の木が整然と立ち並び、殊に春の一斉に花をつける姿が見事で、花びらの白としべの黄色と萼(がく)の緑の三色は邦を象徴するトリコロールとなっている。
しかし、「わが邦の木成苺は名産で根強い人気がある」というのは年嵩の生産者の自尊であって、現実は時代遅れの、収量だけがかろうじて戦える凡庸なものに成り下がっていた。
それには理由がある。嗜好の移ろいとともにレベルがあがったこともあったが、長く作り続けたことで土地の力が失われたことが大きかった。このままではある年突然味も収量も落ちるだろう、、心あるものはひそかに危惧するのであった。
私と先生はかつての栄光を捨て、(いや捨てがたい栄光を繕うため、と言った方が正確かもしれないが)土地の力を取り戻し、再び苺の木が輝く栽培法を研究した。大切な畑を託してくれる協力者も現れた。協力者を見逃してくれた長老も有りがたかった。そしてついに研究は完成した。
ここからが大変なことは想像していたが、逆風は予想の範囲を越えていた。大先生が反対したからである。私と先生は研究の成果を誰でも再現できるメソッドとして組み立て、協力者をふやした。
そして今日、やっと大先生にお目通りが叶ったのである。
しかし一喝された。
栄光の物語を聴かされた。
怯んだ。
・・・先生は泣いていた。
私は重いからだを投げ出し、大地に土下座をして頼んだ。
長い一瞬ののち、大先生は表情を和らげ、研究成果に目を通した。
「わかった。任せよう。」と一言言って立ち去った。
月は沈み、苺の葉を揺らす風の音もなかった。
第16夜
『木成苺』
了
ノンアルで晩酌のまね事をするようになって久しい。その日の事を手のひらの上に出して見たりクズカゴに入れて見たりもするし、考えても仕方のない事を取り出してきて結局は「仕方ないか」としまい込んだりもする。何も解決しないけれどそれがまたよい。相手がいればたわいもない話で時間を潰し、頃合いで引き上げる。飲んでる時にこれが出来たなら、なんて後悔も案外悪くない。
それでももうちちょっとだけ、と感じた時は小さな物語を読む。小説でもエッセイでも漫画でも。最近は昔書いた自分のテキストを眺めるのも好きだ。私自身、驚くほど忘れていて新鮮である。アル中の利得と言う事にしよう。
暫く、その雑文をここに披露させて頂く事にします。眠れぬ夜の暇つぶしにでもして頂けたら幸甚です。