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眠れぬ夜に-20-
第20夜
私は、私の内側を突き動かされるようにして風呂桶大の調理バットに材料を流し込んでいる。
材料はクミン、カルダモンなどのスパイスと、クルミ、ピーナツ、アーモンドなどのナッツと、魚を油で煮たツナのようなもので、それらはかつて私が「白い食べ物」と呼んでいるものににていたが、これはそれとは全く別物であることは作りながら気付いている。
風呂桶大のバットは舞台の上に置かれており、スポットライトが二台、こちらに向かって光を投げている。私は観られているのだ。
材料を混ぜながら青緑色の液体を入れる。入れながらこれはまずい事になると思った。撹拌する力も手際も至らないのだ。それでも液体は予定通り硬化して見た目だけはそれらしくなった。
この先もまだ手順が残っているはずだが思い出せない。そう思った一瞬の間に、暗闇からTが現れた。白いスーツの中は黒いシャツでボタンを三つ外している。前髪の奥の伏せた目が光る。鼻梁と唇の美しい造形に目が行く。私はこのようにただ目線をうろうろさせるだけで手は止まっていた。その虚を突くように彼は巨大なスプーンでそれをひとすくいし、口に入れた。そしてちらと力のない目線をくれ、暗闇に消えた。まぶしかったスポットライトもいつのまにか消えていて、ぼんやりとしたシーリングライトがだらりと黄色い光を垂らしている。
私は、私を突き動かしていたものが、Tへの憧れとも反骨ともつかない小さな自尊心であった事をあらためて思い知った。才能への憧れを、努力へと転化することが出来ない私という人間。その背中を照らす光はここにはない。いや、どこにもないのである。
シーリングライトにさしだして見た手のひらに小さな自分の背中が浮かんでいる。一瞬、何かが分かったような気がしたが、それが何かは分からなかった。
第20夜
了
ノンアルで晩酌のまね事をするようになって久しい。その日の事を手のひらの上に出して見たりクズカゴに入れて見たりもするし、考えても仕方のない事を取り出してきて結局は「仕方ないか」としまい込んだりもする。何も解決しないけれどそれがまたよい。相手がいればたわいもない話で時間を潰し、頃合いで引き上げる。飲んでる時にこれが出来たなら、なんて後悔も案外悪くない。
それでももうちちょっとだけ、と感じた時は小さな物語を読む。小説でもエッセイでも漫画でも。最近は昔書いた自分のテキストを眺めるのも好きだ。私自身、驚くほど忘れていて新鮮である。アル中の利得と言う事にしよう。
暫く、その雑文をここに披露させて頂く事にします。眠れぬ夜の暇つぶしにでもして頂けたら幸甚です。
追伸:もっとあると思っていた雑文のストックはまとめるとこのくらいで、あとは文とも言えない断片ばかりでした。しばらく更新をお休みにします。
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