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伊藤詩乃ピアノリサイタル vol.7
なぜ私はアイドルのステージを見続けているのだろうか?
本編最後の「眠らない景色」を聴きながらそんなことを考えていた。
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2024年12月24日は「伊藤詩乃ピアノリサイタル vol.7」で松濤サロンに行ってきた。先週18日に開催されたvol.6のチケットが即日完売したのを受けて、急遽組まれたイベントとの説明だった。しかも、このvol.7も前夜にチケットが完売。今回の完売劇はピアニストとしての彼女の未来が明るいことを示しているように思えた。
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定刻になると赤いドレスにサンタ帽を被った詩乃ちゃんが姿を現す。
珍しく来場者に対する感謝の挨拶から入った彼女が1曲目に選んだのは(※)、チャイコフスキーの「トロイカ(「四季」より11月)」だった。童謡のように古風なメロディが印象的な曲で、彼女の演奏を聴きながら、繰り返される硬質な高音が麗しいと思った。
※ 演出の一環として、前回までは入場して一礼後、すぐに弾きはじめていた。
続いてもチャイコフスキーの四季で、まさにこの日に適した演目の「クリスマス(「四季」より12月)」。集まってくれた観客に「1年の集大成」として「暖かい家庭のワルツ」を聴かせようという配慮で選んだ曲とのことだった。
暖かい家庭のワルツ、、、伊藤家ではクリスマスにワルツを踊るのだろうか?もしそうだとしたら、さすがはピアニストを輩出するご家庭だ。ひと味違う。
さて、この「クリスマス」は、今回のリサイタルの中でも出色の出来栄えで、かなり弾きこまれた形跡を感じた。卓越したスピードコントロールに指先まで気を張って奏でる繊細な抑揚と音色。まるで機械のように正確に、はた目からでもわかるほどの集中力で、真摯に目の前の音に向き合う彼女の姿が記憶に残った。
「四季、演奏したことあるの?」
終演後にそう尋ねると、「クリスマス」は演奏したことがあるものの、「トロイカ」は人生初披露との回答だった。そして、「クラシックは1ヶ月くらいの時間がないと準備できない。今回の追加公演は急遽決まって時間が無かったので……」とか何とか解説を添えてくれた。
面白いことに、今回の「クリスマス」のような彼女の中でも抜きんでた演奏は、スピードと抑揚と音色が彼女によって高度に管理された状態から生まれる。素人目に見て隙を見つけられない完璧な演奏。従って、彼女がこれまでの音楽人生を通じて準備に時間をかけてきた曲かどうかは聴けばすぐ分かる。そうした事情を考慮すると、数世紀にわたって人々に親しまれているクラシックというジャンルの音楽は、厳しい研鑽を積んできた人間がさらにたゆまぬ努力と長い時間をかけて準備した上でようやく人前で披露できるものなのかもしれない。
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続いてのブロックは、back numberのピアノカバー2曲と所属するアンスリュームから「口下手ナイトメール」のピアノカバー。「口下手〜」は前回好評だったとのことで再演を決意したようだ。
back numberの「ヒロイン」は歌うように、絵を描くように弾かれた。右手で奏でるメロディが麗しかった。加えて、アウトロの余韻の中で大きく右手を上げて演奏を終える例のあのポーズを久しぶりに見た気がした。
「クリスマスソング」は導入の高音が素敵だった。詩乃ちゃんが奏でる音の中でも抜群に好きな音色だ。この曲は全てが頭の中に入っているような演奏で、スピードの変化が実に自然だった(=わざとらしさを全く感じなかった)という意味で優れていた。
短期間での再登板となった「口下手ナイトメール」だが、今回はベース音とメロディの音量のバランスが絶妙だった。この曲に関して言えば、今回のようにベース音の主張が強い方が好きだ。弾き方としてはサビで意図的にスピードを速め音数を増やして山場を作り、そこからシンプルでエモーショナルな落ちサビを聴かせる落差の表現が素敵だった。ラストを飾る黒鍵の響きも良かった。さすがは「鍵盤ブラック」だ。
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本編ラストは詩乃作曲のパート。約一年ぶりに披露された「Snow」と前回初披露された「眠らない景色」という街並みシリーズがセットで届けられた。彼女がピアノで風景を描く時、そこに(自然あふれる山とか海ではなく)おそらく都会の街並みがあって人がいるのが興味深いとも感じた。
「Snow」は雪が降り積もる街の煌めきをテーマにした曲のようだ。メロディが明瞭で歌っているようでもあり、雪景色を見てテンションがアガって踊っているようにでもある。久しぶりに聴いたが、どこのコンペに出品してもいいほどの完成度を誇るポップスだった。
先週に続いて披露された「眠らない景色」は、彼女が夜景に灯る照明の一つ一つを見て、その下に生きる人々に思いを馳せ、「みんなが幸せに豊かに暮らしてくれるといいな」という願いを込めて作った曲とのこと。中盤にある強度を伴った中音域のメロディが耳に残り、曲想も含めて全体的に綺麗な曲でもあった。綺麗すぎる、と感じたほどに。
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アンコールは所属するアンスリュームの中でも詩乃ちゃんが「上位に入る人気曲(詩乃調べ)」だと主張する「dearラブソング」のピアノカバー。9月の詩乃生誕祭で披露された楽曲で、この曲のオケに入っているピアノは彼女自身が演奏したものとのこと。「埃かぶったピアノ」というフレーズが耳に残る、トラディショナルな香りが漂うアイドルソングだ。
生誕祭で彼女がソロで歌っただけあって、今まで聴いた彼女のピアノカバーの中でも最も歌っているように聴こえた。そして、ラスサビの山場では、特に左手の強い打鍵が良かった。
今回の演奏会の特徴は繊細な打鍵のコントロールにあると感じている。本編まではどちらかと言うと腕の力というより指の力を使って強弱の変化を付けていたように思えたが、オーラスのこの曲だけは膂力による力強さを全面に打ち出していて、プログラム全体を通じてメリハリを付け、意図的に流れを作っているようにも見えた。
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なぜアイドルを見続けるのか?
「眠らない景色」を聴いている最中に浮かんできたこの問いに一言で答えるのなら、澱んだ魂を浄化させるためだ。
人生経験を重ねると、たとえ仕事上の目標を持っていたとしても、若い頃のようにフレッシュな気持ちで日々を送れなくなる。次々と現れる数値目標と飽きるように繰り返される日常と無為にも感じる時間の中で、時に魂がひどく澱んでいるような錯覚に囚われることがある。例えるなら、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』に登場するソウルジェム(=魂を具現化して閉じ込めた小瓶のようなもの)が穢れていくようなイメージだ。
私にとってアイドルのステージを見るという行為は、日常生活で荒んだ魂を少しでも浄化して延命させる効果がある。ちょうどソウルジェムの穢れを取り除くように。
このイベントに行くために手持ちの作業を終わらせよう、あのステージを見るために難しい課題を解決しよう、あの音を聴くために確かな未来を描き続けよう。こうして日々を過ごし実際に現場に行って音を浴びる。私の日常は今やその繰り返しだ。
生活にメリハリをつけることが目的なら、何も週に複数回もステージを見る必要はないだろう。もっと言えばアイドルではなくても非日常が味わえるのであれば、この手の効用は得られるのかもしれない。そもそも、本当に穢れを取ることができているのかどうかも分からない。。。
ただ、気が付くと、ステージを見る主目的を意識の外に追いやってしてしまうほどに私の日常生活は数多くのアイドルイベントの積み重ねで構成されていた。おかげさまで精神の劣化を感じることは減ったが、少し数が多すぎるし、少し深入りしすぎた気がしている。少し。。。
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リサイタルの日。
個人的にやりきれない感情を抱えて会場に入った私は、1曲目の「トロイカ」で早くも不貞腐れた気持ちが軽くなっていくのを感じた。そういう状態だったからこそ「眠らない景色」を聴いて、私自身にとってある意味で本質に近い問いが頭に浮かんできたのだろう。
依存しているのは自覚しているつもりだが、私の日常に彩りをもたらすには、もうしばらく真摯に音楽に取り組むアイドルのステージが必要なようだ。その中に彼女のピアノリサイタルが含まれていることを切に願いたい。今はそう考えている。