24歳のある日。私は突然、「普通」に歩けなくなりました。 2022年8月。 それまでは普通に歩いたり、走ったり、 普通の生活をしている社会人2年目の夏でした。 そのころなんとなく股関節の違和感を感じていて、普段通りに足が運べていない変な感覚がありました。 決定的だったのは、住んでいる地域で1番の花火大会の日。 花火会場付近は駐車ができなかったので、片道30分ほどの道のりを同僚と歩いて向かっていたとき。 「なんか股関節が痛い」 ぐりぐりした痛みを感じました。 痛みをこら
モラトリアム E.H.エリクソンの提案した精神分析学の用語。本来は「支払い猶予期間」の意であったのを転じて,社会的責任を一時的に免除あるいは猶予されている青年期をさす。生きがいや働きがいを求め,発見するための準備を整える一方,自分の正体,アイデンティティを確定できず,無気力,無責任,無関心など消極的な生活に傾きながら,自我の同一性を確立してゆく。 そう、私は22歳現在もモラトリアムの真っ只中。 20歳の時、音楽ライターを志し、約2年の月日をかけて実績なる作品を世に送り出す
サトヤスの突然の勇退発表。 コメントの中には、10分ぐらいほどしかドラムが叩けないこと、日常生活には支障がないこと、バンドを離れている間にしっかりと自身と向き合い受け止めたこと、幸せなバンド生活だったことなどが綴られていた。 文面を見るだけでも、本人の葛藤とそれを乗り越えたからこそわかる幸せと感謝が真っ直ぐに伝わってくる。涙無しでは見れなかった。何より 『=人生』だったドラムだけが叩けないという現実の厳しさがファンとしては本当に悲しい。そんな辛いことってあるだろうか。でも
彼女の生き生きとした表情に魅せられたことを、この先ずっと忘れないだろう。 当時私は高校生だった。年下の14歳かそこらの女の子がアイドルという夢をつかみ、表現することの楽しさや、喜びを体いっぱいに溢れさせていた。それはあまりに美しく、純朴で、本当に見ていて清々しい程だった。初々しさの中に孕んだ本音や希望、透明な彼女の魅力に心奪われた。ここから先、どこまでも飛んでいける、そんな予感さえ感じていた。 あの年頃の子達が、「君は君らしく生きていく自由があるんだ 大人たち支配されるな