昼に降った豪雨が嘘のようだ。
(なんか、すんげぇムカつく夕焼けだな)
空を見上げてナオトはため息をついた。
昼に外出する時に運悪く、豪雨に当たってしまったのだ。近くに雨宿りする場所もなく、10分ぐらい雨の中を歩くハメになった。
積乱雲の雲間から、濃い金色の光が漏れている。
雲間から覗く東の空は藍色になっていた。もうすぐ、街の方まで藍色に染まっていくのだろう。
視線の先に橋が見えてきた。
二、三日まえに、奇妙な視線を感じた場所だ。
――すみません。
ふわっと頬を風が撫でて、声が流れてきた。
空耳に見紛うような、本当に微かな声。
「えっ?」
足を止めて、周囲を見回した。
誰もいない。
(疲れてるのかな……)
首を傾げて、歩き出す。橋を渡りきった時、前よりもはっきりと声が聞こえた。
――すみません。
声の方に視線をやると、少女がこちらを見ていた。
白いシンプルなワンピースを着ている。だいたい、中学生ぐらいか。
そして、ナオトは息を呑んだ。
少女の身体の向こうにあるはずの、橋の欄干が透けている!
――やっと、気づいてくれたのね。
そう少女が話すのを、ナオトは呆然と見ていた。
――探して、いるの。
「……探してって何を?」ナオトの問いに、少女は目を伏せて答えた。
――……わからない。
聞いてみると、なぜここにいるのか、いつからいるのかわからないと言う。
自分のプロフィールすら、覚えていないようだ。
ただ、何かを探していたらしい、ということだけは覚えているようだ。
「記憶喪失かよ……」
戸惑ったようにナオトは呟いた。
記憶喪失の幽霊のような存在の少女。厄介なことに巻き込まれたな、と空を眺める。既に日は落ちていた。
――あなたがやっと気づいてくれたの。
少女は言う。こわばった表情を少しほころばせて。
――お願い。力を貸してほしいの。
真っ直ぐな視線を向けられる。
(……こんな目で頼まれたら、断れないじゃねーか)
自分のお人好しさに、ナオトはため息をついて言った。
「なにか心当たりはあるのか?」