2022年3月4日「自己開示むずかしい」
画像は直感で選びました。いい写真だと思いました。柔らかさのある無表情な感じと、なぞのポーズが良かったです。
引き続き…
今日もなんだか、引き続き空虚さが漂っている。
手帳に色々書いていて、
今週のやりたいこと、今日のスケジュール、積み重ねたい事柄…
なんだかそれらに追われている感覚が常にあって
心が置いてけぼりになっている。YouTubeを見てしまう。
やらなかったことでの後悔よりも
やったあとに、こんなんで良いのだろうか、という不安の方が大きくて
心が前進を妨げている。
紙の手帳とノートをよく使う
最近よく紙のノートを使っている。
紙の手帳も使っている。
紙の手帳は、大学生のころから使い始めて、日常が上手くいっていたことは、手帳の使い方が上手だった記憶がある。
2022年に入って、もう一度日常を上手に過ごしたい、充実して過ごしたいと考えるようになって
手帳に行動を記録したり、目標やtodoを書きこむようになった。
紙のノートは、B5のノート。普通の大学ノートだ。
ここには、ほぼ毎日、マインドマップのような形式で、考えていることを書き出している。
ブレインストーミングとでもいうのだろうか。
今考えていること、やりたいこと、各仕事でのやるべきこと
手帳は、1週間単位での整理と、その日の行動の記録だとすると
紙のノートは、その瞬間とその日のこれからを、頭の中から写し出すために使っている。
更には、この書き物のように、今考えていることを文章でだらだら書くようにもなった。
そうしているうちに、この2-3日くらいの間に、こんな気持ちが芽生え始めてきた。
・ノートパソコンとiPad+Appleペンシルが欲しい…
ノートパソコンとiPadが欲しい
いまのノートパソコンは、実は会社から支給されたものを使っている。
2019年に発売されたDell Inspiron 13インチ。
メモリ16GB、SSD 512GB、CPUはCore i7の第8世代。
今の仕事で、映像編集を行う必要があったから
メモリとCPUはそれなりのスペックものが欲しかったし、
さらには、持ち運びが簡単なように、13インチでコンパクトなパソコンを選んだ。
デザインもシンプルで、個人的には非常に気に入っている。
キーボードの位置も慣れたし、ここ3年弱で、かなりお世話になっている。
この文章も、Inspironで打ち込んでいる。
でも、そろそろ会社を辞めるので、このパソコンともお別れしないといけない。
だから新しいパソコンを考えているんです。
欲しいスペックは、
13or14インチ
CPUは現時点ではトップクラスのやつ(3-4年使いたいので)
メモリ16GB
SSD 512GB
価格は10万円以下で押さえたい。
こう考えていくと、たいていLenovoかDELLに絞られてくる。
Macbookもいいかなあ、と思ったけど、スマホがAndroidだから、別にこだわらなくてもいいかなと思うようになった。
次の会社が、パソコンが支給なのかそうでないのかもわからないので、
ひとまず少し待ってから、考えてみようかな。
あとは、紙の手帳、紙のノートを手放すために
iPadとAppleペンシルも欲しいなあ。
いつも持ち運ぶものに、ノート2冊+手帳1冊が必ず入ってくる。
手で書きたいからそれでいいんだけど、ノートは保管に場所を取るし
書いたものを見返したり、追記したりするのも少し難しいし、
書いたものの分類は、ノートをわけて行う必要がでてくる。
この、持ち運びの利便性と、書いた内容の分類を考えると、iPadいいなあ~と思っちゃう。
ちなみに、iPad Proも実は会社のものがあって、テキトーに使っている。
でも、このiPadも会社を辞めたら返却で、自分の物ではないので、Appleペンシルを購入するには至っていない。
ノートでは
・毎日の考えとリストを作って、頭の中を整理したい。
・何すればいいか迷った時のブレストをしたい。
・自分の好きなもの毎に、手書きでメモしたり、記録したり、整理したい。
(趣味、仕事、読書、スポーツ、など)
iPadがあったら、生活が変わりそうだなあ。
自分企画書、書いてみようかな。何がどう変わるか、どのくらい費用がかかるか、調べてみて、整理してみよう。
ひとまず、次の仕事がどんなスタイルになるのか、感じ取ってからかな。
パソコンとiPad Appleペンシルの企画書、書いてみよう。
一日が長い。その割に、何か出来てるわけでもない
最近は、1日が長くて困っている。のんびりするにも時間が余り過ぎる。
寝たり、YouTubeを見てばっかりだ。
今週は、
バスケットの試合を見ること、本を読むこと(1日20分くらい)、数学の勉強(20分/日)、視覚の勉強(20分/日)
てな感じで考えていたんだけど、なんかやりきった!っていう感覚があまりなくて、充実感が感じられない。
でも、量を増やしたら先週はうまくいかなかったから、今週は控えめに設定したんだよな。
塩梅が難しい。
憧れているモノ:カネコアヤノ
私が憧れているもの、いままで憧れたものを、箇条書きで書いてみたい。
カネコアヤノ
倉内太
峯田和伸
坂口恭平
オードリー春日
私が憧れているものって、なんなんだろう。
自由に生きたいなあ。
自由に生きて、その人の個性で、存在を認識されたい。
もちろん、苦しいこともあるんだろうけど、みんななんか前向きさがあるし
もちろん危うさもあって、でも、等身大で生きている感じが、とても魅力に思うんだよな。
カネコアヤノは何が好きなんだろう。
かっこいいところ。
歌を歌うと豹変するところ。
歌が優しいところ。でも、前向きなところ。
パワフルなところ。
2ndアルバムを出すちょっと前くらいから好きで、Twitterで単独ライブの予約を直接受け付けてたくらいの頃から好きだったんだ。ライブも5回くらい行った。
カネコアヤノがバイトしてたカフェにも行った。
最近の活躍を見ると、遠くに行ってしまったなあ、と感じる。
カフェでバイトしながら、歌を作って、発表して、ライブをして。
いつの間にかカフェからはいなくなって、歌で存在を認識されている。
すごくかっこいいなあ。
私もいまから、バイト生活に入ろうかな、中途半端な経済性のために、仕事をするんじゃなくて。
カネコアヤノの、心が動くことにエネルギーを注いで、そして、どんどん進んでいっている姿に、
かっこよさと、羨ましさを感じているんだと思う。
この感覚は、坂口恭平の「生き延びるための事務」を読んだときにも感じたんだな。
自分で自分の時間を決める。生き方と、時間。
そして、心が動くことに、エネルギーを注いでいく生き方。
大人になると、どうしても、仕事に費やす時間が長くなっていく。
その仕事が、その人の心と一致していること、そういう姿に、羨ましさを感じるんだろう。
羨ましいなあ。
私のしたいことって、なんなんだろう。
バスケット、やっぱりやりたいのかなあ。
今日はなんか、あまり書きたいことが思いつかない。
最近の夢
最近夢を見る。
それもなんか、後ろ髪惹かれるような夢をみる。
「あなたそんなに寝てていいんですか」って言われるような夢
別れた彼女や、前の職場の人と会う夢
今の人間関係で、至らなさを突き付けられるような夢
結構鮮明な夢が多くて、記憶に残っている。
夢その1
「あなたそんなに寝てていいんですか」っていう夢は、
ここ2-3日で見た夢だ。
夕方に、やることがないような気分だったり、あるいは、頭がボーっとして、やるべきことが手につかないときに
気分転換で眠ったときに見た夢だ。
そのとき出てきたのは、前職の人だったな。優しい人だった。TKさん。
管理職の立場にいる人だった。
その人が、社内の会議?忘年会?みたいな場で、プロジェクターの前に座っていて
何か言われたんだよな。
何を言われたのかは覚えてないんだけど、
起きた直後に、「寝てる場合じゃない」って感情だけが残った、そんな内容の発言をされた記憶がある。
夢その2
別れた彼女や、前の職場の人と会う夢は
前の職場の人たちと交流するような機会があって、その場所に訪問したんだな。
その訪問は、私が望んで訪問したような気がする。
そうしたら、そこに前の彼女も来ていて、偶然会った、みたいな感じ。
何か話しかけられたけど、無視してしまった所までは記憶にある。
なんだか、自分の振る舞いを振り返らせるような内容の夢が多いなあ。
何かを暗示してきているのかもしれないなあ、よくわからんなあ。
また何か見たら、書いてみようと思う。
素直になる、が難しい
自分に素直になるってことが苦手だ。
頭が先に働いてしまう。言い訳とか、理由付けみたいなことをする傾向が強い。
あとは、自分なりの物の見方が強い感じもする。偏り。
上手くいかない、を前提に物事を見ているなあ。
上手くいかない、という物の見方が強いから、それに沿った行動を選んでいる。
常に守りを前提に置いて、いろんなことから距離を置く姿勢。
そういう姿勢は、頑なな姿勢に見えるだろうな。
自分の感情をそのまま伝えるのが怖いなあ。拒絶されるのが嫌な気持ちがあるんだろう。
自分が素直に感じたことは、あまり人とフィットしないと思っているところがあって
最初から相手の正解に合わせにいく表現をするようになっているかもしれない。
これを書いている今も、少しずつカッコつけていって、本当に思っていることよりも
表現しやすいこと、人からどう見られるかを考えた内容になっているかもしれない。
思い浮かんだことを、そのまま素直に書くのが、とても苦手だ。
自己開示が苦手。誰かに受け入れてもらえると、なかなか思えない。他人を信じていない。
向き合うのも難しいから、衝突を避ける
向き合うって難しい。
向き合ったら、傷つく。
私は身体も大きいし、声も大きい、みんな怖いだろう。
感情的になるところもある。10代のころは人を殴ってしまうこともよくあった。
そういう自分に自覚がある。
人に恐怖心を与えるんじゃないか、ということに恐怖心がある。
あと、自分の気持ちを受け入れてもらえなかったときに、納得する術がない。
並行線で終わる。納得できなかった時、受け入れてもらえなかったときの、相手に対する私の拒絶感も生まれる。
そこから普通に接するのが難しくなる。距離を置きたくなる。それで人と疎遠になる。
そんなことを繰り返しているから、最初から衝突しない道を選んでいる。
衝突したら、次はぶつからないようにする。衝突ほど疲れることはない。
相手の感情も大切にして、でも、お互いの立場に基づいた論理があって、それをぶつけ合って、何も生まれなくて。
自分の意見を開示することも、相手の意見を丁寧に取り上げることも、大変。
矛盾を突きたくなっちゃう。
そんな振舞い方を続けているから、なかなか人と関係性を築けない。長続きしない。
後ろを振り返ると、なにも残っていない。
今日はこの辺にしようと思う。