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連続青春小説【Re2:】第三話
上京する際に、母は僕に大切なメイトンギターを渡した。同時に、このギターは唯一父が残していったものであることも聞かされた。
あのときは色々な感情が混ざり合い、ギターなんて叩き壊してやろうかとも思った。それを止めたのが、同居予定の柊吾だった。
「叩き壊すなんて、とんでもない!こいつにどれだけの価値があると思ってるんだよ。大体ギターに罪はないだろう。要らないなら俺にくれ」
一時期は真剣に柊吾へ譲ってしまうのもスッキリしてよいかもしれない、と考えたこともあった。そうこうしているうちに母の形見となってしまい、さすがに柊吾へ譲るわけにいかなくなってしまった。
申し訳なく思ったが、柊吾はまったく気にしておらず「人のギターをいじるのも、それはそれで楽しいもんだよ」と笑っていた。ギター好きの気持ち
は、僕には一生わからないかもしれない。
掛け持ちのバイトの最終出勤と挨拶を終え、ある程度の荷造りが出来てきたころ、アパートのチャイムが鳴った。
柊吾が仕事中に戻ることは考えにくい。訪ねてくるような知り合いも都内には居ない。訪問販売や営業の類だろうか。しかし居留守を使うには換気扇を回してしまっている…。
そうこう考えているうちに、数回のチャイムとともにドアの向こう側から女性の泣き声が聞こえてきた。まったく勘の良いほうではないが、心あたりはひとつしかない。
(柊吾のやつ…家電の処分とは違って、人間関係の整理は代行するわけにいかないだろ)
対応を考えあぐねていると
「話も、もうしてもらえないの?そこに居るのでしょう」
と、嗚咽のような声がした。
女性に囲まれて育ったせいか、女性特有の涙というものが心底苦手だった。自分に向けて泣いているわけではないとわかっているが、やはり落ち着かない。
どう対応していいものか、まったく見当はつかなかったが、ひとまずそっとドアを開いた。
きちんと整えていたのであろうメイクも、すべて流れおちてしまっている様子だった。大きな瞳が揺れている。
「…田中柊吾さんの家、ですよね」
(あぁ、そうだった。彼女は僕と柊吾がルームシェアしていた事を知らないのだった)
荷造りした段ボールが玄関の隙間から見えてしまったようだった。
「…引越しですか?」
「…はい」
「柊吾…、前の住人と、知り合いなのでしょうか」
今さら同居していたと伝えても余計にこじれるような気がした。だからといって「知らない」と嘘をつき通せる自信もない。
「…友人です」
黙っていることは嘘をつくこととは違う。せめてそう思うことにした。
「…住居を譲られた、ということですか?」
アパートを譲る、なんていうことがあるのだろうか。彼女は少し一般常識に疎いのかもしれない。または、不安定な情緒によって正常な判断ができていないのか。
こういうときは反論しないに限る。母がそうだったから。
「…はい」
一層、大きな瞳が溢れそうなほど開かれた。
一体どう言えば彼女は納得してくれるのだろう。
「…窓側の本棚に、ギターがあるでしょう?あれは彼がとても大事にしていたものなんです。ギターがここにあるということは、彼はここに帰ってきますよね?」
(柊吾は昔から肝心な言葉が足りない。同居だけでなく、ギターについても説明してないのか)
「ギターは…譲り受けました」
これも嘘ではない。父から、母から、僕はこのメイトンギターを譲り受けたのだから。
(続く)