連続恋愛小説【Re:】第三話
樹里は結婚式なんて言っていたけれど、そのあとも何かしらの理由をつけては私にバイト代理を頼んできた。
特に彼氏も友だちも居ない、趣味もない私の夏休みは長く暇ではあった。バイト代も手渡し即日払いで、ただそこに居るだけでこんな私にも勤まりそうだし、何よりあの親切な彼に会いたかった。
イベントの会場は広く、アニメの展示ブースの警備に、ゲームコーナーでの説明、撮影スポットへの整列や客の誘導やアニメグッズ売り子と、いろいろな場所で様々な仕事をしているスタッフと客とで賑わっていた。専らインドアな私には見知らぬ世界で、夏休みのイベントとはこういうものなのかとバイト初日はひどく驚いた。
あの親切な彼は<田中柊吾>といった。彼の周りにはいつも誰かが居た。それは沢山の人に囲まれているということではなくて、ただ誰にでも話し掛けられては感じよく一言ふた言かわし、特定の誰かと長話をするというわけでもなかった。コミュニケーションスキルというのは彼のためにある言葉のような気がした。
私と彼の距離が近づいたのは、あるトラブルがきっかけだった。
その日は台風一過の暑い日で、室外にあるグッズ売場のスタッフが立て続けに熱中症やら体調不良やらで、とにかく人手不足だった。
彼は私と同い年だったが学生ではなく、いわゆるフリーターだった。曜日も時間も融通がきき、深夜のコンビニでのアルバイト経験もあってレジの扱いにも慣れていた。そういった経歴と日ごろの働きぶりによって、彼が急きょグッズ売場に借り出された。
そして、事件が起きた。
レジのお金がどう数えても足りないという。
「売場責任者が田中柊吾を呼び出したらしい」と私が耳にしてからその一時間後くらいだった。
ちょうど休憩をとろうとしたとき、休憩スペースでひそひそと話す声が聞こえてきた。
「人って見かけによらないって。」
「呼び出されたってことは、あの人がってことなの?」
嫌な予感がしてロッカールームへ急いだ。
男性用と女性用に別れてはいたけれども、ロッカールームから通用口へは必ずこの廊下を通るようになっている。
早足で歩いていくと、ちょうど彼が荷物を持ってドアから出てきたところだった。
「・・・」
かける言葉のひとつも浮かばない。こういうときに自分の人づきあいの悪さが出てきてしまう。
「・・・クビになっちゃった。」
彼の声が少し枯れていた。
このまま放っておけない、人づきあいが苦手でもそれだけはわかった。
「ちょっとだけ待ってて!」
急いで自分の荷物をロッカーから引き上げ
私も、今日で最後なんだ。」
精一杯、ウソをついた。
(続く)