連続恋愛小説【Re:】第四話
後楽園駅までの道を、だまって歩いた。
「俺は池袋から西武線」
先に口を開いたのは彼だった。
「…のど、乾いてない?」
私にしては最高レベルのエネルギーを使った。そのくらい頑張って声を振り絞ってのコトバだった。
「…池袋のデパートの屋上って行ったことある?
空が広くて、パラソルで日陰もあるし、たしか神社もあるんだ。」
柊吾に少しだけ笑顔が戻った。
屋上に二人で座った。
何から話せばいいのだろう。
そもそも、柊吾とは休憩で同じ時間になったとき
「お疲れさま」「もう仕事には慣れた?」「どこらへんから通っているの?」というくらいしか、話したことはなかった。しかもすべて話しかけてきてくれたのは彼からだった。
数回話しかけられただけなのに、私だけが一方的に彼の笑顔と纏う雰囲気にどんどん惹かれて意識してしまっていたことに気づいた。
「…今日さ、レジが合わなくて。」
彼が先に話し始めた。
「…うん。」
相槌くらいしかできない。
「一万円、合わなくてさ。」
「…うん。」
「レジの近くに、防犯カメラがあるんだけど」
「…」
「俺がレジから一枚札をとったように見えたらしい。」
なんでそんなことに、とたずねようとしたときに彼が続けた。
「レジがとんでもなく合わないと思ってさ。パニックでポケットの財布に入れていた千円を足そうとしたんだ。でもさ、一万円足りないとこに千円足したところで、やっぱ合わないってなるだろ?冷静になって財布をしまったんだけど、どうもそれがレジの金を自分の財布に入れたように見えたらしい。」
彼らしいな、と妙に納得してしまった。
じつは最寄り駅が同じであったこと、駅近くのコンビニで深夜バイトをしていること、彼のフルネームが田中柊吾であること。彼から聞いた情報はそのくらいしかない。
それでも一緒に仕事をすることで、その働き方を見ていれば、彼がマジメで人の嫌がることも率先して担える責任感の強い性格であることなんてすぐわかる。
イベント会場にある喫煙所の灰皿はいつも彼がキレイに清掃していたし、今日の猛暑の中でも外仕事を嫌がらず引き受けたことだってそうだ。
彼がレジからお金をとるなんて、そんなことをするはずがない。
面識のない初対面の人間が道に迷っているのではないかと、後ろから声を掛けるような彼が。
「信じる!」
自分でもビックリするくらい強く大きな声だった。
「田中くんが、そんなことするわけがない。」
その日は夕方になるまで、好きな本やマンガや音楽の話をし、今度貸して、いいよという流れになり、そこで初めてお互いの連絡先を交換した。
(続く)