連続青春小説【Re2:】第四話
彼女の瞳から光が消えた。何かを察したのだろうか。
「…私だけではなかったの、邪魔になったのは」
そう力なく呟き、こちらを振り返ることもなく、彼女は階段をふらふらと降りていった。
ふとその後ろ姿に、母を思った。遥か昔、父を見送ったときの母も、こんな後ろ姿だったのだろうかと。
早いこと、ここを去らないといけない。
急に強くそう思った。僕がこの部屋に灯をともすことで、メイトンギターが窓辺に見えることで、彼女の思いは旅立てなくなってしまうのだ。彼女の後姿をきっかけに、帰省する決心をした。
三月の初めに実家へと戻った。
就職といえるほどの仕事が見つかったわけではなかった。祖母やご近所の、ささやかな家庭菜園程度の畑の手伝いをし、そのほかの屋根の修理やらふすまの張替えやら困りごとに駆り出される毎日。
とある日。道の駅まで野菜を出荷しに行くという、ご近所農家さんの積み込みを手伝っていたところだった。見慣れない白のセダンが一台、あぜ道に脱輪した。
「やっちまったなぁ」
見かけない、がっしりとした五十代くらいであろうスーツの男性が車から降りてきた。
「手伝いますよ」
「それは助かるわ。会議に間に合わんと」
ガソリンスタンドやタイヤ販売店でのアルバイト経験が、思いがけず役に立った。
その人は大山と名乗り、商工会議所の役員で地域活性化事業の会議に急いでいるところだという。
Tシャツが背中にはりつくほど汗だくになったが、なんとか道に車を戻すことはできた。
「急ぐので、また改めて」
と名刺だけを残し、大山さんは去っていった。
その日は黄砂予報も出ていたため、ビニールハウスの補強にも駆り出されることとなり、慌ただしく過ぎた。夕方には名刺をもらったことなどすっかり忘れていた。
地方の夜は早い。祖母なんて下手したら午後六時には寝てしまうこともある。
玄関の戸がノックされたのは、夜の九時を回った頃だった。
「いやぁ、さきほどは、本当に助かりました!」
深々と頭を下げた大山さんが菓子折りを持ち立っていた。玄関先では何なのでと、居間に招いた。
(続く)