2021/2/6(土) これからのまちづくりを考える(NPO法人balloon 鈴木亮平さんご講演)
楽し樹という団体での講演会後感想記。楽し樹解散なのでこちらに移動。
鈴木先生に関しては以下に簡単なご紹介をさせていただきます。
現在、NPO法人urban design partners balloon理事長、株式会社バルーン代表取締役、株式会社ろじまる取締役、株式会社MeHiCuLi代表取締役、NPO法人香取市自助・互助ステーション理事、東京大学大学院非常勤講師。
NPO法人balloonにて、「人口減少時代のまちづくり」として様々な活動に励んで来られた鈴木さんから、まちづくりとは何なのか、なぜまちづくりなのかを考える機会を提供していただきました!
アーバンデザインって何?
鈴木先生のご講演はこんな話からスタートしました。
まちづくりには興味があって都市計画やアーバンデザイン、そんな単語は耳にしたことはあるけど、実際それがなにをするのかって結構ぼやぼやしていました。一口に都市計画と言っても、昔と今でその役割は変遷しているようです…!
昔:街の大工さん
通路・公園・施設を計画的に配置して住みやすいまちを作る。
今:まちのお医者さん
新しいものを作るのではなくて、街の今ある困っている部分を直していく。
今後の日本では少子高齢化、人口減少の進む日本で、都市を拡大して新たに作るのではなく、今あるものをより良くしていく。そんな役割がアーバンデザインには求められているとのこと。
そうはいっても規模も大きそうでなかなかイメージのしづらい鈴木先生のお仕事。
この後実際にどんな仕事をされているのかを具体的な事例を中心に紹介していただきました!!
空間に息を吹き込む
まず最初に紹介していただいたのは、柏市の手賀沼での耕作放棄地の活用の事例。
農家:耕作放棄地が増えると困る。そこから病気が発生したり、長年放置すると土地の力も弱る…。
市役所:景観が壊れるし、なんとかして有効活用したい…。
地域のママ:こともといっしょに何か育ててみたい…!
周囲に住宅地もある耕作放棄地。鈴木さんは市からの依頼を受けた後、地域の人の話を聞くなかで、その地域にある課題やどんな人が住んでいるかなどを把握し、計画へと落とし込んでいったそうです。
そして始まったのがひまわりクラブという、ひまわりを育てるプロジェクト。
地域の人で耕作放棄地にひまわりを育て、枯れた後の種からは油をつくって、参加してくれた親子の描いた絵をラベルにして売る。
この活動の詳細はぜひこちらから御覧ください!
素敵ですよね…!
何が素敵かというと、そのままだったら死んでいた空間を、ひまわり畑というアイデアで、地域の人が”耕し育てる場”にしてしまうということ。もちろんひまわりを育てるんですが、そこに親子で来ることで親子の健やかな関係を育てることにもなるし、教育・食育の場にもなっている。そこから油を作って販売すればその地域の魅力も耕すことになる。死んでいた空間に息を吹き込んで命を宿らせる。なんだかそんな感覚が素敵だなと思いました。
いわゆる街のコンサルタントは、やれることがメニュー化されていて、そこに対してお金がつく。それをもちろん軸にしつつ、街を良くするためのアイデアが芽生えている所をサポートする。実際に街を変えたり面白くしていくのはそこに住んでる人や事業をしている人。そういう人たちが更ににステップアップするための手助けをする。
それが鈴木さんの専門の一つになるとお話していたのが印象的でした。
まちづくりの話を聞いていた中でぼくが最近知ったプロジェクト。
ニッポニア。なんだか共通することがありそうです。
ひまわりクラブで作られたひまわり油↓↓。かわいい。
リンクワーカーとしての”たなカー”
鈴木先生が学生自体に考え始めていたというたなカーというアイデアもとても魅力的でした!
郊外住宅地がどんどんと寂れていく中で、何かできないかと考え始めたところがスタートだといいます。
たなカーという名前は、田中地区で行われたことに由来しているそう。
今まで:核となる施設を作り、そこへのアクセスをどう確保するか
でも人口が減っていく街で、コアを作るのは難しい。じゃあどうやったら、そこにいる人達が幸せな街を作れるだろう。街自体が縮小していく中でどんなまちづくりの形があるのか。たなカーというアイデアはその一つの解決策になりそうです。
これから:サービス側を移動させる。
例)移動販売・在宅医療・移動図書館など…
来れないなら行く。その転換でこんなにも変化が生まれるのか!と感じられるような取り組みを紹介していただいて、どれも面白かったのですが、特に「たなカー×買い物難民」の例が興味深かったです。
隣の家が300m先!というような地区。既に訪問販売業者はたくさんいたものの、その網からもれてしまっている地区や、販売業者も高齢化し買い物難民が生まれてしまった地区が続出していたそう。
そこですでに存在していた事業者さんに声をかけ、帰り道にそういった地区へ寄ってくれませんか、などとお願いをして、買い物空白地帯を作らないようにした。
興味深いのはこの後です。買い物難民化していた人達はもとより移動する力が弱い分、誰かと話をする機会は貴重で、移動販売の方が来ることで話す場が生まれていたのです。さらにさらに!そうして話しているうちに、「このおばあちゃん先週も同じもの買ってたけど認知症じゃないかしら…?」などと移動販売の方が健康の変化に気づくことができ、そこから医療サービスに繋げられる。
以前楽し樹でお話いただいた堀田先生の社会的処方・リンクワーカーの話とも繋がる…!移動販売が単なる売買の場ではなく、気づかぬうちにセーフティネットになっていたんです…!すごい。