是と非 〜ワンテーマ・レビュー:2020アウェイ浦和戦〜
扇原貴宏が昨季よりも広範囲に動いて仕事をしていることには、中断前の四試合でなんとなく気づいていた。しかし、再開初戦の彼が見せつけてきたのは、それをはるかに超える神出鬼没ぶりだった。攻撃ではサイドを問わずボールエリアに顔を出し、得意の繊細なボールタッチでリズムを作る。たまに炸裂するミドルレンジ・ロングレンジのパスは、相変わらず相手を震えさせるには充分なクオリティを持っていた。そして守備では、攻撃時の勢いそのままにボールホルダーに襲い掛かる。ブロック守備からの速攻を狙う浦和に立ちはだかる背番号6が居なければ、マリノスが広大な裏のスペースを使われる機会はうんと増していたに違いない。
はじめはてっきり、マルコス・ジュニオルの不在が彼の攻撃性を引き出すのに一役買っているのだと思い込んでいた。攻撃の中心を担うマルコスの代わりに自分が動いてチャンスを作るという意識が芽生えたのだと考えるのが、すごく妥当な理由であるような気がしていたのだ。しかしこれが扇原自身のあくまで個人的な変化によるところがほとんどらしいということは、試合が60分を過ぎて、天野純に代わってマルコスが投入されたときに明らかになった。マルコスが同じピッチ上に居ても、扇原は変わらず広範囲にプレーし続けた。最後まで精力的にパスを出し続け、最後まで柴戸海と強烈な競り合いを続けた扇原は、この試合で最も存在感を示した選手の一人だった。
さて、それでは、扇原がマリノスにもたらした更なる流動性は、今後のチームに勝利をもたらすことができるのだろうか。正直なところ、それは現時点では分からない、と言わざるを得ない。
DAZNの表記がほとんど意味をなさなくなる程度にはポジションレスになっていたマリノスの布陣は、その時々によってさまざまな色を見せていた。左利き三人衆(ティーラトン、天野、扇原)がアウトスイングのクロスを繰り出す時には得点の匂いを強く感じさせたし、右サイドで瞬間的に作られた密集に、浦和は終始手を焼いていた。選手の立ち位置次第で形に縛られない攻撃を繰り出す昨夜のマリノスには、文字通りアナーキーな魅力が詰まっていた。
しかし、流動的であることにはデメリットもある。動き過ぎにより全体がバランスを欠いたままの状態で孤立しているときの喜田拓也は、浦和の中盤に狙われ続けていたし(もちろん、信頼するマルコスが近くに居ないことも影響していただろうが)、単純に後方をカバーする人数が少なくなったことで、被カウンターの危険性は以前よりもさらに増していたように思える。新加入の小池龍太が空中戦と対人守備の強さを見せなければ、ズルズルと引きずられた挙げ句に興梠慎三の一刺しにやられていたかもしれない。
個人的にもっとも心配しているのが、静的配置の再現性が極端に失われかねないことだった。ビルドアップの局面には相変わらず改善が必要だ。とにかく動いてスペースを作り出すことが戦法の第一線だとしても、たとえばゴールキックなどはそううまく行かないだろう。動いて動いてスペース作って、はもちろんマリノスの生命線として持っておかなければならない部分だが、その意識とは別に、チームコンセプトからハミ出ない形で、「現実的な問題」に対処できるようになる未来を願わずには居られない。
まあとにかく、これからも見届けていこうと思う。サッカーは遂に戻ってきた。今年は連戦を重ねながら戦い方を探していくシーズンになることは間違いないのだから、選手の組み合わせであれ、根本的な考え方の再構築であれ、ポジティブな変化が起こることに大いに期待したい。