グレー
かつて拍手だったものは次第にため息へと変わり、スタジアムの一階を充満させた。それは、止んだはずだった雨が再び連れてきた湿っぽさと、完全に呼応していた。
言うまでもなく、マリノスがリードするはずの試合だった。開始から五分も経たないうちに先制し、その後もいつものようにボールを握り続けた。しかし後半開始直後のゴールで試合の趨勢を決めてしまったのはアウェイチームの方で、それは彼らからしても出来すぎだったのではないかと思えるほどに狙い通りで、その分だけあっけなかった。そのとき私はぼんやりと、なんて鮮やかな意趣返しだろう、と昨年十二月のことを思い出していた。
サッカーは残酷だ。私たちは時折、そのことを忘れそうになる。起こるべくして起こるような幸福な結末は相手の側からすればもちろん残酷だし、その主従関係が簡単なことで翻ってしまうのだって同様に残酷だ。サッカーにおける大抵の試合で、そこにいる半分は「負けた側」になるのだった。そこには姿の無いFC東京のサポーターが八ヶ月前に味わったものを、私はゆっくりと噛み締めていた。でも、私はサッカーのそういうところに惹かれたんだったと、これもまた他人事のように考えていた。
時計は八十分を回った。私はスタンドの空気を埋め尽くす「何か」の存在を敏感に感じ取ってはいたものの、それが実際にどんなかたちをしているのかまでは推し量ることができなかった。
皆はただ耐えているようだった。拍手をする気はとうに失せ、声を上げるのだって周囲の目線を考えると憚られた。それでも不満の声を上げずには居られない者たちの悪態――それにしたって多少の配慮はされていたが――だけが、耳元で鳴く蚊の音のように鬱陶しく聴こえた。
マリノスはそのまま試合に負けた。そこから雨が収まるまで、二時間以上を要した。雨宿り代わりの友人との会話も、私の中の「なにか」を取り払うほどの力は無く、それは今もこうして私の片隅に居座っている。