#わたしとマリノス 2020年シーズン編
もう間もなく、横浜F・マリノスの2020年が終わろうとしている。
アンジェ・ポステコグルー体制2年目にしてJリーグ制覇を成し遂げたマリノスは、ド派手なサッカーを引っ下げて意気揚々と新シーズンに乗り込んだ。目標は全タイトル獲得。2/8のゼロックス杯を皮切りに、6年ぶりに出場したACLでは早々に2連勝。迎えたJリーグ開幕戦ではガンバ大阪にコテンパンにやられたが、その時点では、その後のサッカー界、ひいては世界全体が今なお続く「大騒動」に巻き込まれるとは誰もが思ってもみなかっただろう。
改めて指を折って数えてみれば、4ヶ月以上に及ぶリーグ戦中断。試合はおろかチーム練習すら中断され、地球は一瞬にして「サッカーの存在しない星」となった。
いや、サッカーは在った。私達の心のなかに在ったのだ。少なくとも私はそれがいつか私達のもとに本当の意味で戻ってくることを信じて疑わなかったし、実際にやはりサッカーは戻ってきた。少しばかり形を変えて。
あったはずのもの
特段意識せずともそこに存在していたものが何かの理由で取り払われると、人は自然とその存在理由を探し始める。早い話が、私はこの中断期間で自身のサッカーファンとしての在り方に思考を深く巡らせることになった。そしてその折に、こんな文章を書いた。
ここで私が触れた「プロのサッカー観戦者」にいまの私がなれているかどうかは定かではないし、むしろそのことについて考えれば考えるほど思考の渦に巻き込まれていくような気さえする。異常なまでの過密日程のおかげで、多少食傷気味なところがあったことも否めない。
それでも少なくとも、私にはサッカーが、マリノスがあった。マスクのせいで曇るメガネや、やたらと耳に響く観客のため息だって、次第に気にならなくなっていった。
日常
ところで、マリノスサポーターとしての私にとって、2019年は特別な年だった。リーグ優勝の瞬間を目の当たりにしたということ以上に、はじめて同じ「サポーター」を名乗る人たちと実質的な交流を持つことは、自分にとっての大きな転換点だった。彼ら・彼女らとは、ときには画面上から、ときには顔をつきあわせてマリノスについて語り、喜びも悲しみも分かちあった。去年の私はこう書いている。
マリノスが、僕の日常になり始めていた。
そして、目まぐるしく変化し続けた2020年の世界にあっても、マリノスは私の非日常的日常に居座り続けた。
私はマリノスではない
だが、在宅勤務の合間をマリノスの試合が隙間なく埋めていくような日々がしばらく続いた頃、私はひとつの確信を得ることになった。
いくら願っても、私は「マリノス」になることは出来ない。
一度、自分の仕事が長引いたことで平日のホームゲームを現地観戦できなくなってしまったことがあった。一週間前から確保していたQRチケットを他のTwitterユーザーの方に譲ったとき、自分ひとりがスタジアムに居なくてもマリノスの物語は進んでいくのだということを、はじめてハッキリと悟ったのだ。
23時に残業を終え、そのままろくな食事もせずにDAZNを開いた。もちろん情報はすべて遮断している。これほどまでに自分と「マリノス」の間に太々と引かれた境界線を意識しながら試合を観るのは、このときが初めてだった。
それまでは自分とマリノスが溶け合って、ひとつのボンヤリとした塊のようなものを成形しているようなイメージがなんとなくあった。私は、目の前に映っているのが果たして「自分たちのチーム」なのかどうか、よく分からなくなってしまった。これは残酷であり、同時に救いでもあるな、と思った。結果は4-0でマリノスの大勝だった。
不要不急の
サッカーは、私の人生にとって断じてオプショナルなものだ。それは能動的な姿勢がなければ自分の生きる世界と交わることがないもの。
それでも、サッカーは、ずっと続いている。そして私の心のなかにはサッカーが、マリノスがある。